左利き肝臓専門医ブログ

2018.03.30更新

高橋という苗字は とても多いです

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糖尿病専門医さんは 書き手と結婚した当初
十把一絡げの名前になってしまった 
と嘆いておられました(苦笑)


で 先日 NHKの 人名探究バラエテイー 日本人のおなまえっ!
という番組で 高橋 のルーツ探しをやっていて

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正直言って 人さまの苗字には興味がありませんが(苦笑)
自分の苗字には興味があるので ついつい見てしまいました(笑)


で 高橋さん

なんと全国第3位の多さで 145万人もおられるそうです

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ちなみに 

1位は佐藤さんで200万人
2位は鈴木さんで175万人
4位は田中さんで135万人 
5位は渡辺さんで115万人

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学生時代に 日本人の名前 的な本を読んだときは
5位か6位で 田中さんや渡辺さんの順位が上だった記憶がありますが
あの頃より増えたのかな?



さて 苗字 と  と  は 厳密には異なっていて

*苗字 は基本的には好きなものを自由につけるもので
 主に生地に関係したもの

*氏は 血縁関係にある一族を示すもの

*姓は 天皇から賜った地位を示すもの

だそうで


高橋に関しては

*苗字をルーツにするもの

*天皇から賜った位である姓をルーツにするもの

の二つが存在し


佐藤さんも 鈴木さんも
好きなものを勝手につけられるという苗字を起源にしているのと
若干異なるそうです


また
高橋は 全国に分布が広まっている が特徴で

佐藤さんや鈴木さんが東日本に偏っているのとも対照的とのこと

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さて そのルーツは諸説あって

読んで字のごとく 高い橋 がルーツ のひとつだそうです

平安時代に起源が遡れる奈良市の髙橋神社
高橋のルーツと言われていますが

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大安寺 薬師寺という 平城京の2大神社の中間に位置する場所にあり
高貴な人々の往来が多かったところですが

ここに 最先端の技術を使って作られた
特別なデザイン 装飾が施された 橋桁の高い橋があったそうです

当時 橋桁が高いのは凄い技術で ランドマークだったとのこと

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そもそも 天の神は 
祭礼の日には 天から地に続く高い梯子を使って地上に降り立って
人々のもてなしをうけたそうで

この「高い梯子」が「高梯子」となり 
「たかはし」になり「高橋」の漢字をあてた
との説もあります


また 旧漢字の 髙 (書き手も戸籍上は髙橋です)は
はしご高と呼ばれますが これは天まで通じる柱を意味しています

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そのような橋に関わる家系で 権力を持つ 地位の高い家柄だったとか


ふーん 高橋

思ってもみませんでしたが
意外にやんごとないルーツがありそうで びっくりです(笑)


続く

 

2018.03.26更新

お飲み物とか お持ちさせていただいて良かったでしょうか?

コンビニや飲食店で 若い店員さんが話す
こんな言葉遣いを聞いて ビックリすることにも慣れてきましたが(苦笑)

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あ 話しているのは 最近増えた外国人の店員さんでなく
ネイティブの日本人の若者ですよ

実は 最近流行りのこんな日本語は
奈良時代前半に使われていた「花見む」「人見む」といった日本語と
アナロジーがあるそうです


曲がり角の日本語 という岩波新書を読みました

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著者の水谷静雄さんは
長きにわたり 岩波の国語辞典を編集されてきた方です


さて どこにアナロジーがあると思われますか?

それは 主語であることを示す格助詞の「を」が省略されていること

ブログ とか、、、 といった具合に使われる
言葉のあとにつける「とか」は 副助詞と呼ばれますが

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最近の日本語では
副助詞がやたらと濫用されているのが 大きな特徴だそうです


もともと日本語には 副助詞が使われる際は 格助詞を省略する傾向があり

しかも

主語であることを示す格助詞の「が」や
目的語であることを示す格助詞の「を」は
それぞれ 平安朝 奈良朝になって 初めて日本語に登場してきたそうです

つまり 昔使われていた日本語では
格助詞で示される主語や目的語は 省略されることが多かった

だから 文頭に記したような 主語がない
花見む人見むといった言葉遣いが 奈良時代前期にされていたとのこと

そして 文脈のなかで 敢えて主語や目的語を明示しない傾向は
むしろ日本語の特徴となって その後も引き継がれます



ということで 少しフォーカスがずれて恐縮ですが
やたらと「とか」といった副助詞が乱用される現代の日本語は
奈良時代前期に先祖返りしている?

わけでは決してなくて


格を明確に規定する格助詞を抜いて
「とか」や「など」といった副助詞を濫用する

そんな日本語が跋扈している背景には


自分の言葉をなるべく曖昧にしたい 責任をとりたくない
という意識が強く存在している 

と著者は主張されます


明確に提示すると まわりから突っ込まれるのが怖いので
わざと副助詞を乱用して ぼかすような言い方をする


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そのような意識は 敬語の使い方にも強く影響していて

文頭に記したような表現が
長たらしくて変に持って回った言い方をすることが敬語になる 
と勘違いしたうえ

さらに
自分が言ったことに責任が問われることがないようにするために使われる

だから余計に 日本語の敬語は滅茶苦茶になってしまった
と著者は嘆かれます



そもそも平安 奈良の頃に
主語や目的語を明示しない格助詞抜きで言葉が成立していたのは

当時は敬語が充分に機能していたので
述語に施されている敬語の表現を見聞きさえすれば
たとえ明示されていなくても おのずと主語や目的語が推察され得た

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そこが 他の言語とは異なる日本語の大きな特徴で

そうした日本語がバックボーンにあるので
日本文化は 多くを語らなくともお互いに相手の意図を察して通じてしまう
語り手よりも聞き手の能力が問われる ハイコンテクスト文化を形成してきた

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これって ある意味で格好良い 今風に言うとクール! 

と書き手は思うのですが

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ところが 責任回避主義にのっとられた

やたら丁寧だが中身のない敬語

責任 言葉尻をとられないようにするための
格助詞抜きで副助詞が乱用される表現

が跋扈する


何でもずらして おぼめかして言う

問い詰められたときに 自分に責任がかぶらないような言い方をする

責任をとりたくないから 断定する言い方を極力避ける

そして 過剰にへりくだる

今の日本語は まさにそんな状態だというのです
そんな日本語では なにも伝えることができなくなってしまう

著者の悩みは深いです


なるほどねえ

断定を避け 責任回避に尽くす

そんな表現が巷に溢れているのは
それだけ今の世の中が 窮屈で生きづらい証しかもしれません

自分でも 知らぬ間にそうした日本語を使っていないか
気をつけなければいけないと思いました

まあ はっきり言わない ということは
ある意味では 刺々しくなくて良いことかもしれませんが
確かにまどろっこしい感じもします

あ また ~~な感じ なんて ぼやかした表現をしている!(苦笑)

 

 

 

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