左利き肝臓専門医ブログ

2018.12.03更新

外国人から見た 日本文化のおかしな点

前回は茶道と相撲について論じられましたが 今回のお題は 

お笑い

日本のお笑いについて論じるのは
テレビで見かけることが多いタレントのパックンさんです

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彼はハーバードで比較宗教学を学んだ経歴の持ち主です

比較宗教学 面白そうですね!(笑)


さて パックンは日本に来た当初
日本のお笑いの面白さが全く分からなかったそうです

そんな彼が やがて日本でお笑いの道を進むことになるとは
なかなか面白いのですが

それはさておき


パックンが「コメディーの原点」と自負するアメリカでは

芸人さんはひとりで 権力者やセレブを突き落とすようなネタを語り
そうした ”体制に歯向かう芸風” は
健全な民主主義のために不可欠な存在だと 考えておられるそうです

うーん お笑いと民主主義が結びつくとは 思いもよりませんでした(笑)

ちなみに そうした芸人さんは
Politicl comedian と呼ばれるようですね

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だからパックンは

一発ギャグやリズムネタばかりが目立つ日本の芸風の面白さは
全く理解できなかったし

ボケと突っ込みの両者がいないと存在できない漫才という形式にも
違和感を覚えたそうです

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なるほどねえ


確かにアメリカでは アカデミー賞授賞式などで
有名なコメディアンさんが
ひとりで司会をして舞台進行を取り仕切っていますが

彼等が聴衆の笑いをとるネタは 
往々にして 日本人にはその面白さが理解できないような(苦笑)
きわどいものが多いそうで

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パックンは この点でも日米のお笑いの大きな差異を感じていて

日本ではネタの禁止領域が広すぎる と指摘します

アメリカの芸人は
人種や宗教の違い 下ネタなどを題材にすることが多いのに
日本では そうしたネタは使えない と言うのです

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日本では民族や宗教の多様性が少ないし
国民性が上品だから仕方ないのかもしれないと

誉めているのか 揶揄しているのかわからない(笑)
そんな解釈をされていますが

それにしても強い制約を感じる と言われます


日本では 言論の自由は保証されているし 禁止事項もないのに
どうして風刺ネタがほとんど出てこないのか?

それは 目に見えない一線を越えた時の制裁を 肌で感じているからだ

と 指摘します

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一線を越えた風刺を行うと

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企業は怒り そのために広告が無くなり
政治家が怒り そのために取材が行えなくなったり
規制法案が検討されたりもする

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それが日本のテレビ業界で お笑いや芸人が置かれた立場なので
日本のお笑いは 政治や社会的問題に触れることはほぼ皆無

欧米では ほぼ毎日 テレビで政治系お笑い番組が放送され
芸人が権力者を物笑いにして 国民と体制のパワーバランスに貢献し
社会のご法度に触れ 議論を広げる役割を担い
大きな影響力を発揮している

そんな状況とは好対照だと パックンは語ります

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そして 議論をこんな風に話をまとめます

日本は忖度の国で 体制側からの圧力はスゴイから

体制や規範にチャレンジするようなネタで笑いをとる
アメリカンスタイルの芸風でなく

人を傷つけない 怒らせない 平和的なお笑いをとる芸風が
成熟しているのだと


最後は ずいぶん好意的にまとめてくれましたが

パックンが指摘したように
確かに日本のお笑いは 食い足りないというか 刺激がないと
書き手も思います

見聞きして”ニヤッ”と感じるタイプのお笑いが少ない

だから個人的には
あまりテレビでお笑い番組を見ないのかもしれません


一方で 社会規範やモラルに対する批判は
SNSなどのアンダーグラウンドな世界では繰り広げられ
その過激さには目を見張るものがある と聞きます


こうした両極端な状況は どうも不健全な気がします

政治や社会問題を上手に揶揄して笑いをとるような芸風が
日本でも成熟してくると良いなと
ひねくれ者の書き手は思ってしまうのですよ(苦笑)

 

2018.11.16更新

日本の伝統文化は 現状のままで良いのか?

かなり前のことになりますが
そんな興味深い記事を ニューズウィークで読みました

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茶道に関する問題提起の記事では

まず 茶道の文化としてのユニークさを讃えます

日本文化の多くが
自己と向き合って深め ひとつのことを極めようとするのに対し

茶道は総合芸術的な面が強く
書道 香道 懐石 和菓子 焼きもの 漆器などのさまざまな要素が
茶室という空間に集っていて楽しめる

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また茶道の魂は 人との交流 サロンを作ること

季節性や客の個性など その時々に応じた最適の場所を作るために
上述したさまざまな要素を吟味するという
これも日本文化としては珍しい側面を有している

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しかし そんなユニークな文化である茶道が
現在は単純にマニュアル化してしまい 根本の精神を忘れている

と 厳しく指摘します


茶道が 利休以来のもてなしの魂を失ってしまったのは
明治維新 第二次大戦の影響が大きく

それらを契機に
上流階級の趣味であった茶道が大衆化したことから
マニュアル化 お稽古化が進み

魂を忘れたマニュアル作法に終始する作業になってしまった

と分析します

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なるほどねえ

茶道が総合芸術である という認識はありませんでしたし

茶道人口の増加や 流派の系統化が
過度の流儀のマニュアル化を生んでいるということも
考えたことすらありませんでした

へえー と思いましたよ!


まあ 確かに日本人は
何かにつけてマニュアル化して身につけるのが得意ですが

それは往々にして
”形”を身につけることにばかり注意がいってしまい
根本にある”精神的なもの”を ないがしろにするというか 忘れさせてしまう

そうした傾向があることは否めなくて
茶道に限らず多くの分野で言えることなのでしょう

耳が痛いです(苦笑)


この記事を書かれたのは 茶道に親しむ在留外国人の方ですが

そうした立場にある方が有しておられるのであろう
日本文化に対する いわば”外からの視点”は
中にいる日本人が気づかない問題点をしっかりと指摘されるので
ユニークで勉強になります



モンゴル出身で
日本の大学で文化人類学を教えておられる方が書かれた
相撲に関する問題提起は もう少しシンプルでしたが

これも面白かった

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相撲“道”で求められる品格 とは何か?

という問いから 品格論に話を転じながら語られます


そもそも品格という言葉自体が
90年代以降の 経済停滞により進むべき方向を見失った頃から
やたらと言われるようになったのではないか

と 指摘されます



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特に一時期喧伝された「女性の品格」は

女性の社会進出が進み 古いしきたりや縛りが意味を持たなくなった時代に
困った男性から発せられた”苦渋の保守の声”ではないのか?

面白いご指摘ですね!

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品格のある女性 というのは
変化を受入れられない 旧態依然とした頭の持ち主の男性が
理想とする幻想にすぎず

古いしきたりにとらわれない現代の女性の方が
相撲の品格など気にせず 相撲を楽しく観戦しているではないか


相撲と女性 確かに大きな社会的話題になりましたね

でも 文化としての性差別なんて
所詮は男性社会が作りだしたものに過ぎないじゃないか?

ということでしょうか(笑)


そして「国家の品格」という品格も

明治以降 欧米化を極端に進めた姿勢や結果を反省しよう
という思想の持主たちが興したものに過ぎず
それは危険なナショナリズムの土壌になりかねない

と指摘されます

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品格という 格調高さが香る言葉に潜む 恣意性や危うさにご注意あれ

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相撲に関する問題提起が そんな一般論にまで昇華されていて
とても面白くインスパイアされた記事でした


お笑いについては 次回ご紹介します

 

2018.10.26更新

イランの酒飲みの話をしたので
今日はイスラム教の食に関連した話題を提供します

多くの日本人にとってイスラム教
他の宗教に比べてなじみが薄いと思いますが

それでも最近は 世界のグローバル化にともない
日本に住むムスリムの方や 日本を訪れる旅行者の方が増え
大きな空港や駅では 彼等がお祈りをする場所が作られているようです

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そして
イスラム教の宗教上の戒律に適応するためのハラールビジネスが
最近は日本でも盛んになってきていますが
そこには大きな落とし穴がある

とニューズウイークが伝えていました


ハラールビジネス

そんな言葉は聞いたことがない方も多いかと思いますが
イスラム教徒が必要とする宗教的に許された商品やサービスを
扱うビジネスです

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イスラム教の聖典コーランには

*豚肉を食べてはいけない

*酒を飲んではいけない

といった 飲食に関する制限の教えがあります

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また 飲食だけでなく
服装や日用品の使用などに関しても 一定の規律があります


ハラールは「教義上 合法なもの 許されたもの」とされますが

何がハラールなのかという議論には
少し厄介な点があるようです


イスラム教徒同士の間では
その答えは 属する社会や文化 個人の見解によって 異なる場合があり
そうした違いは長らく許容されてきたそうです

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しかし イスラム教信者が世界中に移動するようになり
イスラム世界とは異なる文化のなかでも生活するようになった現在

東南アジアを中心に
ハラールを認証するというビジネスが生まれるようになりました

特に 食品に関するハラール基準が行われるようになり
その傾向は日本でも目立ってきていて
2020年の東京オリンピックを控えてそうした動きが著明です

具体的には

コーランで禁忌とされる豚肉を含まない食品を
公の機関や団体に認証してもらい
イスラム教徒を対象に販売するビジネスが代表的です

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しかし 日本のイスラム教の専門家の間では
そうしたハラールビジネスに対する批判的な意見も聞かれるそうです

というのも

イスラムの教義は
神と人間の一対一の契約が基本で
両者の間には何も介在してはならない

ハラールの基準は 神のみが決めるもので
ヒトがそれを認証しようとするのは神の大権の侵害である

というのです

うーん 理屈はわかりますが ちょっと厳しすぎないかな?と
いい加減な書き手は不謹慎にもそうも感じてしまいます(苦笑)


一方で

ハラールビジネスでの認証基準があまりにも偏狭で
許されたものの範囲が狭すぎる

という指摘もあります



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上図に示されたような豚肉由来の成分が入った食物の摂取や
そうした成分と接触した商品まで認めないといった
必要以上に厳しい認証基準は

若者のイスラム教徒の間に「ハラール潔癖症」とも言えるような
過敏な人たちを増やしているそうです

そして そうした傾向は
イスラム教徒間 イスラム教徒とそれ以外の人々の間に
無用な分断を起こしかねないと危惧される方もおられるようです


確かに最近は大きなスーパーなどで
ハラール食品を見かけることがありますが
その背景にこうした問題があるなんて思いもよりませんでした

ちょっとびっくりです!


宗教上の事柄はとてもデリケートな問題なので

ある宗教の外側にいる人は
その宗教の信者の人々が日々の生活で困ることがないようにと
善意の気持ちで対処することが多いと思います

特に 生活の基盤のひとつである食生活に関連する事柄は
真っ先に解決すべき問題として対処しがちです

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ただ それがビジネスとして単純にマニュアル化してしまうと
上述したような問題が起こりかねない

ということなのですね


書き手は 無宗教ですが
どんな宗教であっても それは大切な民族の文化だと思っています

ただ 宗教が原理主義に結びつき それが排他主義に発展するのは
とても危険なことだとも考えています

今日ご紹介した記事で気になったのは
過度な規制が原理主義を生みかねないという指摘でした

これはどんな宗教でも 起こり得ることなのでしょう
歴史が教えてくれます


世の中 難しいですね

あなたの知らない世界に気づかせてくれた記事でした

 

2018.10.22更新

ダルヴィーシュは 憧れなんだ

酔っぱらった若者は そう語ったそうです

語っていたのは
イランのとある高級住宅街にある邸宅の地下室で
こっそりと密造ドブロクを楽しんでいた エリート大学生

本屋でたまたま見つけた「イスラム飲酒紀行

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無類の酒好きのルポライターが
飲酒ご法度のイスラムの国々で地元民にまみれて密造酒を探し回る

そんな奇想天外な企画の本でしたが これが意外に面白かった


なかでも イラン  の模様がとても印象的でした

イランはホメイニ革命以来
イスラム諸国の間でも一番イスラムの戒律に厳しい国になり
ほとんど唯一 外国人旅行者も含めて完全に飲酒が禁止されているそうです

今でも そうなのかな?


しかし 蛇の道はなんとやらで
鼻が利く著者は タクシーの運転手やたむろする若者に聞き入って
密造酒を飲ませてくれるところを探し出します

そうした危ない場所で
ほろ酔い気分になったイラン人達が語る様子が面白い

総じて ホメイニ・イスラム体制に対する批判が噴出するようです

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俺達はペルシャ文化を継承する者で イスラムなんて大嫌い

ホメイニになってから 社会から文化の香りがしなくなった

我々は「酒はよきかな」と古典詩集のルパイヤートでうたった
かの誇るべき吟遊詩人の オマル・ハイヤーム の末裔だよ

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なんで硬直したイスラム原理主義の支配下で
こうやってコソコソと密造酒を舐めてなきゃいけないんだ!

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まあ どこの国でも
酔っ払いは文化を愛し そして勇ましいものです(笑)


で 文頭の話題になっていきます

書き手は 不勉強で知りませんでしたが
イスラム神秘主義の一派にスーフィーと呼ばれる人達がいて

彼等は 清貧な生活 修業を通して神との合一を目指す人々ですが
合一のための手段として 瞑想 踊り 音楽などに陶酔する

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もしかして、お酒にも、、、?


そんなスーフィーには 各地を放浪する修行僧がいて
彼等がダルヴィーシュと呼ばれているそうです

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ホメイニ・イスラム原理主義体制下では
ある種の退廃的な文化の香りを有するスーフィーは
当然のごとく異端視されるようになりましたが

我々はペルシャの末裔でイスラムではない 

とまでは過激なことは言わない若者も

俺達はイスラムでなくスーフィーだ 

くらいなことは 酔うと滔々と語るのだそうです

このあたりの話は とても興味深かったです


さて ネットでスーフィーのことを見ていたら
なんとトルコを旅行したときに観て とてもインパクトが強かった
メブラーナの セマー 廻旋舞踏 が出てきました

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セマーも 代表的なスーフィー文化なのですね

スーフィー文化 奥が深くて面白そうです


最近イランは かのツイッター大好き大統領の苛めにあい(?:笑)
政治的に色々と大変なようですが

書き手はペルシア文化を引継ぐ存在としてのイラン」 には
とても興味があります

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アレクサンダー大王と互角に渡り合った アケメネス朝ペルシア ですからね

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ちなみに イランでは
ノンアルコールビールの種類が半端なく多いそうです

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イランのノンアルコールビール ちょっと味わってみたいなあ(笑)

 

 

2018.10.05更新

香水ネタを続けますが

日本の香水の売れ行きは 世界の他の国々と比べると
極めて芳しくないそうです

クーリエ・ジャポンという雑誌のオンライン版に出ていた記事で
フランスのクオリティペーパー「ル・モンド」の記事がネタもとです

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日本のフレグランス市場の規模は フランスの1/3程度しかなく
世界の香水の売り上げの3%にも満たない

日本の美容市場全体においても
香水の割合は10%にも満たず 男性の香水購入はゼロに近いそうで

ヨーロッパの老舗香水ブランドをもってしても
日本市場では大変な苦戦を強いられているそうです


どうして日本では香水が売れないのか?

ル・モンド紙は解析します


そして

好きな香りを自由にたしなむことは
空気を読まないことだと考える


そんな日本の国民性が原因である可能性を指摘します

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うーん そうなのかな?
世間の人々はそこまで極端に考えておられるのでしょうか?

読み手の皆さんは どう思われますか?


フランスは ルイ14世の時代から香水文化が発展しているけれど
日本人は歴史的に香水に対してまったくなじみがない

また 今の日本人の日常生活に香水が入る余地はない


香水をつけて日本の地下鉄に乗ったら まわりから怪訝な顔をされた

そんな実体験を持つフランスの社会学者さんは
上記のように指摘します


そして

歴史的に見て 日本は「水と入浴」に重きを置いている

と分析します

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日本人女性は 日中の香水を使おうとせず
夜 しっかりドレスアップして出かける場合などに限って
たまに香水をつける程度で

日本においてエレガントであることは
TPOをわきまえた香水を纏うことではなく
大勢のなかで目立たないようにすることなのです


いやー 手厳しいご指摘ですね(苦笑)

でも 現実はそうかもしれません
お風呂は大好きだし(笑)



それでも 状況は少しずつ変化しているそうです

仕事に行くときにいつも香水をつける女性は未だ少ないけれど

夜や週末を楽しむために香水を使う女性は
徐々に増えているそうで

香水の消費をからきし期待できない男性についても
若い男性がどんどん海外旅行に行き 外国での香水の習慣を知れば
徐々に自分の日常に取り入れ始めるかもしれない

と メーカーは期待しているようです


確かに 前回ご紹介した香道のように
日本人が香りに全く興味がないわけではないようです


ただし プワゾンのような強烈な香りが好まれたのは例外中の例外で

濃厚で深みがある香りが好まれるヨーロッパや中東に比べて
日本では軽さのあるフレッシュな香りが好まれる

繊細なほのかな花の香り 果樹園のような香り シトラス系

こうした清潔感のある香りこそ
日本の香水市場を開拓する切り札となる

香水メーカーはそんなふうに分析しています

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前述したフランス人の社会学者さんは

日本人の国民性の根底では
「清潔であること」が 
他の何よりも重要視されている

香りさえ良ければいいという価値観のフランス人とは全く異なる

しかも日本人はユニセックスな香りを好み
男性らしい香りも 女性らしい香りも 敬遠されがちである

と指摘します

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なるほどね 御説ごもっとも というか

清潔感に大きな価値を置く
軽さのあるフレッシュな香りを好む
女らしさ 男らしさを強調することは好まない

こうした指摘は当たっているのかな?


でも気になるのは

日本においてエレガントであることは
大勢のなかで目立たないようにすることなのです

という指摘です

これって日本人が有する美徳の一部ではあるのでしょうが
今の世の中 こうしたスタンス一辺倒ではまずいような気もします

香水をつけることを むやみやたらに奨励するわけではありませんが
TPOをわきまえながら個性的な香りを身に纏う人が増えたら
それはそれで楽しいのではないでしょうか?


ところで香りを纏う」という表現

書き手はかなり気に入っています

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多くの人が自分に合った「纏える」香りが見つかると良いですね!


2018.10.01更新

香水の話題を紹介して

以前テレビで見た 香道 を思いだしました


前回ご紹介したように
日本人は香りに頓着しないと 外人から思われているようですが

とんでもない

日本では昔から
香りを素材にして優雅に遊ぶ「香道」が行われていました


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香道

雅な東山文化が花開いた室町時代
茶道 華道とともに 香道も基礎が築かれ
その精神は現在も脈々と伝えられているそうです


まず印象的だったのが
香道では香りを「嗅ぐ」のではなく「聞く」と表現すること

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精神を集中して 幽玄かつ雅な心持ちで 香りを心で楽しむ


香りを表現するのに用いる
「六国五味:りっこくごみ」という言葉があります

六国は 香りを生む香木の
伽羅 羅国 真那蛮 真那賀 佐曽羅 寸門多羅 の六種を言います

伽羅は やさしく穏やかななかにピリリとしたところがあり
    たとえば宮人の如し

羅国は 自然と匂い鋭く その様 武士の如し

真那蛮は 甘くいやしく 百姓の如し

真那賀は 艶やかにして 女のうちうらみたるが如し

佐曽羅は 冷やかにして 僧が如し

寸門多羅は 位低く卑しく 地下人の如し

などと 

それぞれの香りの特徴は人の振舞いにたとえられ

少し意地悪に しかし的確に表現されています


書き手は 真那賀がどんな香りか興味があります?(笑)

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一方 五味は 香りそのものの個性で


甘い: 蜂蜜のような香り

苦い: 柑橘類の皮を焼いた香り

辛い: 胡椒や唐辛子の香り

酸い: 梅干しの香り

塩辛い: 海藻を焼いた磯の香り

の五種類が 香りを聞いて判断するときの基本単位だそうです



香道の催しが どのように行われるかというと

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茶室のような比較的狭い和室で
主催者が 茶器より小さめの香呂で 香木の小片をいぶして香りをたて

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それを列席者に順に回していきます


列席者は 正座して香呂を受け取り両手で持ち
まさに茶道の作法のように反時計回りに2回まわし
香呂を両手で覆った隙間に鼻を入れ 香りを「聞き」ます

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なんともおごそかで やんごとない振る舞いに見えます



そして 順番に出される2種類の香りの優劣を判断したり
数種類の香木の香りを聞いて あるテーマを連想したりします

後者の遊び方は「組香」と呼ばれ

順番に出される香木の香りを聞き
何番目と何番目が同じ香りかを判断して
その組み合わせで 源氏物語の何番目のお話かを当てる

といった 超マニアックな(笑)ゲームです

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いやはや なんとも雅で 優美な遊びですね

ため息が出てしまいます(苦笑)


しかも こうした遊びに参加するためには
古今東西の文学や文化に精通していなければならない

雅の方々は大変でした(笑)



興味深かったのが
幻の香木と言われる 正倉院の蘭じゃ侍 のエピソードです

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信長も秀吉も明治天皇も こっそりと削り取ったと言われる銘木ですが

この香木をたくと
上記の五味の全てが順番に聞けるそうです


それを聞いて思い出したのが
以前にいただいた ブルゴーニュの高級ワインのこと

ソムリエさんが

このワインは
時間経過とともにさまざまな香りが開いてきますから

じっくりと色々な香りを楽しんでください

と言われましたが まさにその通りで驚いたことを憶えています


香木もワインも 高級品は
その香りの複雑さや多様性が魅力の本質なのでしょうか?


香道遊びを嗜まれていた室町時代の人は
まさにその時代に ポルトガルから運ばれて来た葡萄酒の香りも
南蛮グラスをクルクルと回しながら「聞いて」いたのかな?

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ソムリエさんがよく言われるような
「雨に濡れた子犬の毛の香り」なんて難しい表現をせず

伽羅のように甘く
そしてわずかに真那賀や佐曽羅のような香りもする

なんて もっとわけのわからないことを言いながら
葡萄酒を飲み干していたかも?(笑)

 

2018.09.28更新

香水

書き手は 意外に嫌いではありません

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男女を問わず
TPOにマッチした素敵な香りを纏っている方に遭遇すると
なんだか幸せな気分になります

でも 香りが置かれた状況にマッチしていない場合は
ちょっと閉口してしまうのも事実です(笑)


そんな香水に関する 面白い記事を立て続けに読みました

ひとつは 朝日新聞に出ていた記事で
バブルの頃に大流行した プワゾン という香水を懐かしむ内容です


1987年(まだ”昭和”です!:笑)

書き手は 研修医生活を終えて大学院に入り
日々 朝早くから夜遅くまでマウスさんと格闘していた頃ですが

確かにその当時 かなり濃厚で強烈な香りがする
「プワゾン」という 名前も刺激的な香水が大流行していました

あの香りは 本当に強烈でしたね!(笑)

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発売元のクリスチャン・ディオールによると

あの個性の強い芳香は
コリアンダー チュベローズ オポポナックスなどの
植物に由来するそうです

コリアンダー以外の植物は 全くイメージすることができません(笑)


もともと 派手な香りよりもおとなしい香りを好む日本人にしては
珍しく濃厚な香りの香水が爆発的に売れたということで

日本の香水ビジネスの歴史上
エポックメイキングな出来事だったそうです


当時は こうした現象に対し
日本人の嗅覚が 食生活の西欧化とともに変化してきたのではないか?
と まことしやかに議論されていたそうです


しかしその後 あのような濃厚で刺激的な香りの香水が
日本で再びヒットすることはありませんでした

日本人は 元来 香りに対する繊細さを有していて
体臭に響きにくい食文化 湿度の高い気候 周囲への気遣い などから
強い香りの香水はそれほど好まれなかったとのこと


そもそも香水は

公衆衛生設備が整備されず 街中に臭いにおいが立ち込め
肉を中心にした食生活で強い体臭を発するのに 風呂にも入らない

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そんな昔のヨーロッパの環境が
臭い消しのために生み出した産物でもあるので
日本でそれほど流行らなかったのも納得できます


で そんな日本で
どうして1987年頃にプワゾンが流行したかというと 

ひとつは まさに華やかだったバブル経済の影響があったのでしょう

濃厚で刺激的な香りは
空前の好景気に浮かれた世の中で
毎夜のごとく繰り広げられていた宴の雰囲気づくりに
十二分に貢献したと思われます

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一方で 香水の世界の流行は10~20年程度の振れ幅で
濃い香りとドレッシーな装いと 軽い香りとカジュアルな装いを
行き来するそうで

日本もある程度その影響を受け 派手な時代状況もあいまって
初めての濃い香りが受け入れられて注目されたのかもしれません


そう考えてみると

経済状態などの社会的要因が 香水の流行に及ぼす影響は
意外に大きいのかな?

そういう研究って ないのでしょうか?(笑)



ところで

嗅覚は 記憶に関与する脳の部位を直接刺激するので
匂いを嗅ぐと昔の記憶が蘇ることが少なくない と言われます

よく例えに引用されるのが
プルーストの「失われし時を求めて」のなかで
主人公がマドレーヌの香りをかいで 子どもの頃を思い出す場面ですが

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実は書き手も そうした経験をしたことがあります

まだ小さい頃に外国に連れて行ってもらったことがあるのですが
大学の卒業旅行で15年ぶりぐらいに外国に行って
トランジットの空港で 周囲の匂いが鼻に入ってきた途端
小さい頃の旅行の光景が蘇ってきたのですよ

それ以来 視覚や聴覚とは異なる 嗅覚の偉大さ(?:笑)を
実感している次第です

香水に関するもうひとつの記事は 次回ご紹介します

 

2018.09.21更新

働くのは 何のため?

そんな根源的な問いを突き付けながら 番組はエンデイングを迎えます


<第10章 ゲームは終わらない>

イギリスの経済学者のロバート・スキデルスキー

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働くことについて こう語ります

人は働かないことへの恐怖がある

働かないことは 余興ではなく失業と捉えられる
働かないと所得が減り 生き甲斐がなくなることと同じになる

仕事を減らす自動化が進む社会で 人々はどうすべきか?
働かないことは人々を開放するのか それとも生きる意欲を喪失させるのか?

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やがて 今存在している仕事の50%はAIや機械に代替されてしまい
労働時間は減って週20~25時間になるという

その時に 社会や人々は 所得減に対してどう対処すればいいのか?


オランダの歴史家・ジャーナリスト ルドガー・ブレグマン

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減った所得を 国家がベーシックインカムとして保証すべきか
について論じます

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ニクソンは70年代に ベーシックインカムを試みようとしたが
民主党のより高い額の要求で頓挫した経緯がある

その時行われた ベーシックインカムの社会実験では
社会保障費は下がり 犯罪は減少し 子どもの成績は上がり
人々は労働を止めなかった

ベーシックインカムは
危惧されていた社会的混乱も引き起こさず 健全に機能していたのである

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離婚率が50%に上がるとされたので 共和党は反対したが
そのデータは間違いだったことが判明した

ベーシックインカムがアメリカで葬り去られたのは 悲劇だった


一方 カビール・セガールは こう語ります

自動化で仕事が減る社会では
富を生み出すために皆が働く必要はなくなる

そして 自由に使える時間こそが富 有限の貨幣となり
自由な時間こそが 最高の価値を持つようになる

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でも 仕事人間は
そう簡単に自由な時間を楽しめないのではないかな?(笑)



再び コーエンがシュンペンターの警句を引用します

シュンペーターは 資本主義は生き残れないと予想した

なぜなら 官僚的なプロセスのせいで
資本主義に必要な起業家精神が失われる 

と考えたから

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シュンペーターは

資本主義は その成功ゆえに
土台である社会制度を揺さぶり 自ら存続不能に陥り
社会主義へと向かう状況が必然的に訪れる

と予測したのです


世界を覆い尽くした資本主義の
成功ゆえに失われるもの
成功ゆえに生まれる裂け目

それは 何なのか?


ウルリケ・ヘルマンは 現代の資本主義の問題点を指摘します

現代資本主義世界では 複数の巨大企業に売り上げの大半が偏り
競争は実際には存在していない

村のような狭い社会 エリートのお友達集団で 全てが決定され
競争なき 富の固定化が起きている

そして

資本主義は
人類がはじめて発明した経済成長を生み出す魅力的なシステムだが
残念ながら 永久に成長し続けることはできない

資本主義が崩壊するのが先か
人々が資本主義から抜け出る道を見つけるのが先か?

と 資本主義の未来について やや悲観的に語ります



ロバート・スキデルスキー

資本主義は 資本を蓄積する仕組みだが
それがもはや重要でなくなったときに 資本主義のシステムはなくなる

代わって現れるのは 社会主義ではなく

もうけるというモチベーションが 重要ではなくなる世界である

と予測します

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遂に人々は 欲望からの解放されるのでしょうか?

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ガブリエルは 資本主義の将来をどう考えているのでしょう?

資本主義の代替案があるだろうと考えて
モノの生産と消費に関する理論をたくさん考えたが
そのすべてが間違っていたことが 技術の進歩の歴史で証明された

資本主義は さらに多くの矛盾を生み出し 人類を滅ぼしかねない

現在起きていることについてのマシな理論をたてないと
人類の滅亡は本当にやってくるだろう

18ybs99

やはり かなり悲観的で しかも切羽詰まった意見です



光を追い求めるうちに 闇を忘れ去ったのか?

リンゴを高く売ることに夢中になって
リンゴの味を忘れたかのように

18ybs101



専門家たちの悲観的な意見を相次いで聞いて
ナレーターは ポツリとつぶやきます


最後に登場するのは セドラチェク

資本主義は 何とか機能しているが
誰も なぜ機能できているかはわからない

現象の細部まで全てを説明できる完璧な理論はない

資本主義はある程度までは機能するが
完璧ではないということにいつも注意すべきである

現在の世界について確実なことは 誰にもわからない

18ybs100




うーん 世界の俊英たちが議論した結論が そこですか

書き手も
確かに 世の中に確実なことなんてないとは思いますが

でも 最後は もう少しポジテイブなメッセージが欲しかったな(苦笑)


数字のゲームから 誰も逃れられない
でも ゲームにはルールがある

そして ルールを決めるのは 
時代の 私達の欲望


今夜もルールは 書き換えられていく


欲望の資本主義


最後の数秒 こうしたナレーションが流れて 番組は終わりました


うーん 面白かったけれど 
最後の結論はインパクトに欠けたかな?

今度は ポスト資本主義の未来社会 について語る番組を
企画していただきたいものです

最近は そうしたテーマについて書かれた本をよく目にしますが
それこそ世界のエッジの人たちは どう考えているのか?

そのとき 本当に人々は欲望から解放されて
自由な時間を楽しめるのでしょうか?

そのためには
やはり 資本主義に代わる新たな経済システムが必要だと思います


それが ベーシックインカムのようなものか?
それとも シェアリングシステムのようなものか?
または 全く新しいシステムなのか?

NHKさん そのあたりにフォーカスした番組 期待しています!

  

2018.09.20更新

欲望の資本主義 2018

番組は いよいよ終盤にさしかかります


<第8章 交換だけが駆け巡る>

イノベーションを どう評価するか?

そう問われた ノーベル賞受賞経済学者のステイグリッツは こう答えます

18ybs71

不思議なことに
マクロ経済の視点から見て
イノベーションによる生産性の向上は認められていない

イノベーションで得られた富が 一般の人たちからは見えないのだ

18ybs72


ここで イノベーションに絡めて インターネットが話題になります

ダニエル・コーエン
インターネットが経済に及ぼす影響について こんな指摘をします

インターネットは
生産者と消費者をマッチングさせる市場の機能を効率化し
需要と供給の法則を強化していて

それ自体が とても秀逸な「市場」として機能している

18ybs73

つまり

インターネットが 市場の新たな「見えざる手」になっている

18ybs74


一方で 現代社会では 多くの人々が過大な競争圧力にさらされているが

Google Apple Facebook Amazonなどは例外で
他者には競争圧力をかけながら
自らは競争を回避して利益を独占できている

こうした格差も生まれつつある


インターネットについて ステイグリッツは 

検索エンジンやFacebookなどの恩恵は確かに大きく
人々の生活に影響を及ぼしているけれど

それらは 経済学的な統計には反映されていないし

同様に社会に大きな影響を及ぼしてきた電気やDNAに比べて
インターネットはどれほど重要なのか?
 
という疑問について 経済学者の間で議論が尽きないのが現状である

と指摘し


イノベーションとインターネットをまとめて

イノベーションを生む側にとっては
人々の暮らしに影響を与えることは喜びだろうが

しかし 人が24時間
インターネット すなわち他人に駆り立てられることは
それほど幸せなことか?

と疑問を呈します

18ybs75


うーん 耳が痛い警句ですね!

イノベーションによって生まれたインターネットは

人々の日常生活を “駆り立ててしまう”
新たな価値観になったのでしょうか?

18ybs76


では 根本に立ち返って

経済における価値とは何か?
何が価値を決めるか?
なぜそれに価値を見出すのか?


セドラチェクは それらの問いに こう答えます

価格は客観的で簡単だけれど 価値は難しい

価値は主観的で人それぞれだから 

18ybs77


では なぜ 金(価格)と モノ(価値)を 交換できるのか?

マルクスは この交換に 神秘を見出しました

商品が貨幣になる 命がけの跳躍

これは 資本主義世界に潜む謎 である


価値は 主観的なので 測れない 比べられない
価格は 客観的なので 誰もが認める評価ができる

人々は そんな価値と価格の関係を理解しようともがいてきたけれど
結局それは困難だ

それでも人々は 日々の経済のなかで価値を交換している


うひゃー 話が抽象的で難しくなってきましたね(苦笑)

価値と価格の関係ねえ、、、

これまで 考えたことはないし
そんな疑問を思いついたことすらありません(再苦笑)

オークションなどは
価値を価格で評価するわかりやすい仕組みだと思いますが

日々の生活のなかで
オークションみたいなことを いつも行っているという実感は
ないなあ

この謎が語っているのは どういうことなのでしょう?

価値と価格の関係 なかなか難しいです、、、



<第9章 闇の力が目覚める時>

コーエンは イノベーションの話を引継いで こう語ります

現代は 創造力の追求が 人々に要求される新たな義務となった

イノベーションによって
人は 創造力を必要としないルーティンワークをすることがなくなり
その代り 創造力の追求を認められる

そんな社会に変化した

創造的であれ さもなくば 死ね

と 迫られているようなものだ

18ybs77a


そして そこには
創造性がグローバル経済に搾取される というストレスもある


生産性を高め 想像力を高め 
職を奪うAIや機械に打ち勝たなければならない

これが新たな競争の世界で 人々は緊張感を強いられている

18ybs79


世界はかつてないほど「経済のルール」に支配されつつあり

その資本主義のルールを作ったのは テクノロジー なのだ

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えっ どうして急に テクノロジーが出てくるのでしょうか?


マルクス
機械の怪獣性 悪魔的な力を 既に見抜いていました

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手動の製粉機は 封建社会を生み
蒸気式の製粉機は 資本主義社会を生む

生産の形態 条件が 社会の構造を決める
テクノロジー 経済の在り方が 社会や人間のありようを決める

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これこそが シュンペーターがマルクスの著作に見出した
闇の力 の正体なのです


経済や社会は 独自の力で動く

そのなかで人々は 自分の希望に関係なく 一定の行動を選ばされてしまう
自由を奪われるというより 自ら心理的に選択の幅を狭めてしまう

個人がいくらあがいても その流れを変えることはできない

資本主義の構造の力 こそが 闇の力

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前にも書きましたが

そのシステムの中で生きている人々は 意識することがなく
意識できたとしても 抵抗できない

そうした社会や経済の構造の力が まさに闇の力だ

というコンセプトは とても興味深いものがあります

18ybs84

そして 創造的であれ さもなくば死ね
という世界は 確かに厳しいですね

そんな世界に 本当になっているのかな?
なんだか 空恐ろしいきがします



さて こうした分析を受けて コーエンが再び語ります

今の時代は 常に自分を変革することを強いられている


フロイトは「文化への不満」という著書の中で 

芸術家のように生きるのは不可能だ
人の人生を 芸術家のようなものにしてはいけない

なぜなら芸術家は不幸だから

芸術家はいつも創造性の欠如への恐怖にさらされているから

と述べているが

今の新しいテクノロジーの世界では 常にそうした緊張がある


芸術家になることを 日常的に迫られる苦悩

いつも 自分が得意なことは何か と
自分自身に問いかける生活を強いられる

それがストレスと緊張を生むので 燃え尽きてしまう人が大勢いる

18ybs85


人々は能力を限界まで出し切ることを求められる
それが昔の労働者との大きな違いである


このフロイトの芸術家の苦悩のたとえは なかなか的を得ていますね!


新しいテクノロジーがやっているのは 前の文明の破壊である
より素晴らしい明日に向けて 人々は変化に心を躍らせる

しかし それが義務になったら
楽しいはずの創造が いつの間にか苦しくなる

では 働くのは 何のため?


この章は こんなナレーションで終わります


うーん 人は何のために働くのでしょう?



2018.09.19更新

欲望の資本主義 2018

番組の後半は 人の貨幣への愛 の話題から始まりました


<第6章 幻想の貨幣愛>

投資銀行のトレーダーで
巨大な額のマネーを日々取り扱ってきた カビール・セガールさん

18ybs51a

人は頭の中に いつも金に関する関心や欲望がある と指摘します


お金を使っているつもりで お金に使われている

そこが 金の厄介なところで
人生を左右してしまうほどの強い力がある

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一方 金が多ければ多いほど 将来の不安がなくなる
だから人は 安心するために過剰な金を求める


このように 

人は 恐怖と欲望からできている

だから もっともっと金を となってしまう

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しかし 人々が貯蓄に走ると 社会に恐慌が起きてしまう



マルクスは 資本論のなかで

カネが王 モノが家来 という幻想がある

と書きました

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セドラチェク

現代は GDP神話に生きる時代なので

金に対するフェテイッシュな欲望 執着がある

と指摘します


お金への幻想愛 確かにあるかも?(苦笑)



さて ケインズは世界恐慌に際して

失業が社会の最大の不安なので
欲望の対象である貨幣をたくさん作ればいい

人はいつも 手の届かないモノへの憧れにとらわれてしまう

その無意識をコントロールすることが 資本主義の鍵である

と述べました

18ybs55


このことを セドラチェクは こう解釈します

金が 道具でなく 目的になっている

金はあらゆるものと交換可能だから 人は金を欲望し
使うことでなく 貯めこむことが目的になる

こうした目的と手段の逆転により 人は金の奴隷になってしまう

18ybs56


いやはや ですね

読み手の皆さんは 耳が痛いですか?
書き手は ちょっと、、、(苦笑)


<第7章 二つの世界を欲望が覆った>

資本主義と社会主義が 力の均衡を示していた時代

その終盤の1980年代に
レーガンとサッチャーによる 大胆な経済改革が起こりました

18ybs57

世にいう 新自由主義 の流れですね

市場原理主義 とも呼ばれていました


ダニエル・コーエンは この改革をつぎのように評します

当時 進歩的な学者などにより喧伝されていた
生産にとらわれる時代ではない ポスト物質主義が到来しているという
そんな考え方は 間違いだとする改革だった

この改革は
それまでの社会の型を破壊し変形させ 悪徳の栄え を引き起こした

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強欲 を 成長の原動力として解き放ったのだ


18ybs59

1980年代以降の資本主義は
社員や労働者の切り離しに新たな価値を見出し
大企業は社員を守らなくなった

レーガン・サッチャーの革命により

市場の力が解放され

世界中にウオール街のマネーパワーが解き放たれた

18ybs60

ウオール街の暴れ者たちは
真の価値を見ず 目先の利益を得るためだけのために
会社を分割して売り払いバラバラにした

これが 新しい「金融資本主義」の基礎になっている


資本の増殖を求めて
バーチャルな価値が行き交い増殖する現場

自由な取引を掲げてきた市場だが

その実情は

一部のトップ投資家だけが市場を支配し
巨大なマネーが さらなるマネーを引き寄せる

18ybs62

それが 資本主義のリアルである と指摘します



また セガールは 実際にトレードをしていた人らしく
金融と政府の関係について言及します

政府からの借金の要請を 銀行などの金融界は断らない

それが現代経済 現代社会の基盤なので
大手銀行は 政府に金を貸すことで巨大なパワーを持つに至り

政府と大手銀行の関係は
今や 互いに共存する生物のようなものになっている と


いや~ ”あなたの知らない世界” ですね(苦笑)


閑話休題で

さて 資本の暴走の歯止めともなっていた社会主義が崩壊すると

膨れ上がる資本の運動の勢いは 止まることがなくなり
グローバリゼーションは さらに加速化したのです

18ybs63


ここで再び セドラチェクとガブリエルが議論します


セドラチェクは こう指摘します

社会主義との葛藤があったから 資本主義は発展できた

資本主義社会では 
社会主義がやっていることの追試実験ができたので
自らの方針を修正することができたけれど

社会主義社会では それができなかったので 行き詰まってしまった

18ybs64


そして 社会主義が崩壊すると 今度は資本主義が迷走し始めた


ガブリエルはこう答えます

資本主義においては 常にシステムが変化している

昨日の資本主義は 今日の資本主義ではない
そして 創造と破壊のスピードは上がり続ける



こうして考えてみると
資本主義のカウンターパートとしての社会主義の存在は
大きかったのですね

資本主義の暴走の歯止めの役割も果たしていたわけで

その社会主義が崩壊した後に 金融資本主義が抜鈎するようになった

という歴史の流れは

その時間の流れのさなかをリアルに生きてきただけに 
ちょっと昔を振り返ってみて そうだったのか~! と思うようで
なんとなく感慨深いです


それにしても

金融資本主義とグローバリズムが推し進めた 金への偏愛

この路線が先鋭化していったのは
それが人間の本能に根差しているから なのでしょうか?(苦笑)


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