左利き肝臓専門医ブログ

2018.06.22更新

再度 忖度の話を続けます


なぜ忖度はなくならないのか?

それは 日本人は「世間」を気にせずにはいられないから


空気 同調圧力 に続いて
今度は 世間 というキーワードが登場してきます

「世間」という言葉は 万葉集の時代からある
実質的な裏の人間関係を示すもので

自分と 利害関係のある人々と 将来利害関係を持つであろう人々 の
全体の総称を示すそうです


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その特徴は

同質の人間からなり 外国人を含まず
排他的で閉鎖的な性格を有する 

こと


日本人は ある「世間」に所属できることで安心でき
「世間」は その構成メンバーのプライドのよりどころになる

と同時に

「世間」の意向を 忖度せずにはいられなくなり
自分が所属する「世間」ばかり見て 社会に目を向けようとしなくなるので
余計に忖度がはびこりやすくなる

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そして 日本の多くの組織において
「世間」のコネや人脈により 社会の重要な決定がなされる

そうした組織は ブランド力があり

そこに属する人にとって
自分がそこに属することが レーゾン・デトール 存在価値になり
また 自分は特別である という特権意識を持つが

一方で そこから排除されることを恐れ そのために忖度に走る

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そうした組織人は
想像力が欠如し  外の社会からどう見られているか無関心になるので
社会のルールや評価よりも 世間の意向を重視してしまい

そんな組織人で構成される組織は
閉鎖的で 部外者を徹底的に排除して 内部の論理だけで動くようになる

うーん なかなか恐ろしいものがあります


で 「世間」のルール というのもあって

贈与 互酬の原則
 もらったら返すことで 中元・歳暮が良い例ですが
 個人でなく地位に贈られることが多く
 見返りの期待や打算に基づく 一種の投資行動 でもあるそうです(苦笑)

長幼の序
 年功序列の意識ですね!

共通の時間意識
 日本人独特の “今後ともよろしく” という感性で
 西洋人は一人一人の時間を生きているので こうした共通の時間意識はない

差別的で排他的

神秘性
 世間は わけがわからない 正体がつかみにくいから
 逆に圧倒的な力を持ち 
 合理性では判断できないほど 世間の暗黙の掟に縛られてしまう

なるほど~

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書き手はスウエーデンで留学生活をしていたときに
それまで気づかなかった日本社会や日本人のこうした特徴を
意識することが出来ました

特に 個と社会の関係の 彼我の違いに驚いた
ちょっとした カルチャー・ショックでした(苦笑)

たとえば こんなことがありました

研究室の仲間と談笑していたときに
書き手をポスドク(博士研究員)として受け入れてくれたボスのために
頑張って実験して良いデータを出さないと
と 書き手が言うと

変なこと言うなよ
お前は自分のために研究しているのであって
ボスのために研究しているわけではないだろ?

と 指摘されたのですよ(苦笑)

まさに 欧米人は個人として生きているが
日本人は世間のなかで生きていること

を 実感しました


閑話休題


で 著者は
最近の社会は 世間のルールが崩れ 変化 流動化しつつある
と 論を展開されます

それは バブル崩壊後の社会の変化が影響していて

終身雇用 年功序列の崩壊
非正規雇用の激増
製造業からサービス業へのシフト

などにより 従来の“世間のルール”が成り立たなくなってきた


いわば 世間という きちんとした共同体が崩壊しつつある状態

具体的な事例として
就職してもすぐに辞めてしまう若者の増加や
お中元 お歳暮離れ などが挙げられています

そして 

人々は二度と世間・共同体をとり戻せないと感じているので
せめて共同体の匂いを感じたいと思い
 
それが故に 空気を読むことにこだわるようになり
空気の影響力が以前にも増して強まっている


一方 SNSの普及により
見えない相手と円満に交流するため ネットでの炎上を防ぐために
空気を読むことが これまで以上に必要とされる

ルールのない空気による支配

なんだか あやふやで危険な感じがします

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さらに 共同体だけでなく 国民国家を支える幻想も崩壊しつつあり
超ソロ社会が出現して来ているそうで

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そうなると人は
家族にも会社にも地域社会にも頼ることが出来ないので
不安と孤独にさいなまれ

それが故に 余計に共同体の匂いを感じたいと思い
さらに空気を読むことに執着するようになる

悪循環ですね!


空気を読むことは
正体の解らない誰かの意向を忖度することと 表裏一体で
決して健全なことではない

空気の存在しない国や社会はないけれど

問題なのは
空気の支配を許すかどうか?
許さないとすれば 空気にどう対処するか?

ということで

日本は 空気の支配を許す国なので
いまだに忖度がなくならず 縛られている
と 筆者は結論付けられます

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では そんな状況に どのように対処すればよいのでしょう?

 

 

2018.06.15更新

忖度の話を続けます


なぜ日本社会では忖度がはびこるか?

日本社会には 同調圧力 なるものがあるそうで

皆と一緒でないと不安になる
なんでも横並びが大好き

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例えば
日本の有給休暇消化率は50%で 世界で一番低いけれど
そのかわり 祝祭日の数は際立って多い

ひとりで有給休暇はとりにくいけれど 皆と同じ祝祭日なら安心 ということ

そして
日本のサラリーマン社会が 忖度のクモの糸に縛られているのは
この同調圧力が強いから というわけです


確かに日本人は
他の人と同じだと安心するし
人と異なることを嫌がる 怖がる傾向がありますね

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で 社会で同調圧力が大手を振っているのは 排除への恐怖 が原因で

同調圧力に逆らえば 組織から排除されかねないという恐怖があり
排除されないようにするためには 皆と同じようにするのがいちばんで
だから無意識のうちに自己規制が働いて 圧力に従う

日本人は 大きくてブランド力のある組織に属すると安心できるけれど
一方で ひとたび属すると
今度は排除への恐怖がとても強くなるのです

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別の見方をすると

主語を 一人称単数から 所属組織に明け渡してしまう傾向が強く

自分で判断するより 忖度のネットワークのなかで
周囲の希望や意向を推し量りながら
それに沿って生きることを好む傾向がある

そうすれば 自己責任を感じずにすむし  さらに社会や組織から高く評価される


うーん 耳が痛いかも?(苦笑)


ここで 山本七平さんの 「空気」の研究 という論文が引用され
前回も登場した“空気”と 同調圧力の関連が語られます

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つまり

まわりの人々の暗黙の同調圧力が 空気になり
その空気が 人と社会を支配するほどの大きい影響力を持つのが
日本の社会の特徴で

空気が強い社会では 忖度の必要性がさらに増す


この空気は
まことに大きな絶対権を有した妖怪のようなもので

非常に強固で 絶対的な支配権を有する判断基準となり
あらゆる議論や主張を超えて 個人を拘束する

その前では 論理的な分析や論証は一切吹っ飛んでしまい
あらゆる議論は 最後は空気によって決定される

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空気によって ロジカルな判断ができなくなってしまう

うーん 怖いことです、、、


一方で
空気に抵抗するものは 異端として社会的に葬り去られるので
人は何も言えなくなる

特に最近の社会では 空気の支配が強まっていると
著者は危惧されています


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でも 書き手は思うのですが
誰が 何が どのようにして 空気を形成するのでしょう?

そんなことを疑問に思っているようでは
空気に敏感にもなれないし
忖度上手にもなれないのでしょうか?(苦笑)

 

2018.06.11更新

昨年の流行語大賞になり 最近また世間を賑わせている 忖度

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書き手はお恥ずかしいことに
マスコミで話題になったおかげで
生まれて初めて この言葉を知りました(苦笑)

うーん いい歳をして
これまで忖度しない人生を過ごしてきたのでしょうか?

それとも 意識しないで 忖度してきた?(笑)


ということで お勉強好きな書き手は
片田珠美さんという精神科の先生が書かれた
「忖度社会ニッポン」という角川新書を読んで とても勉強になったので
何回かに分けて内容をご紹介します

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<そもそも 忖度とは何か?>

忖度は

*相手の指示がなくても

*相手の意向 欲望を推し量り

*先回りして満たそうとする

行為のことで

立場の弱い人が 強い相手にすることが多い

意地悪な言い方をすると
地位の低い人に こびりついた習性で
権力者にこびへつらい 自分の地位を盤石にしようとする行為である

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なるほど~!


で 勉強が出来る優等生は 小さい頃から“忖度の達人”で

もともと忖度の能力が高く
その能力で 他人から褒められる成功体験を繰り返して
忖度のうまみを肌身で感じている

そうした優等生が
官僚 裁判官 エリートサラリーマンなどに成長して
彼等が生息する 忖度がはびこる組織で さらに腕を磨いていく

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再度 なるほど~!!


また意地悪な言い方をすると

忖度できる人は
自分の意見を考える習慣がなくなっていることに気付かず
ゴマ擂りが発想の原点になっている人で

物事の客観的な評価 何が正義かの判断ができなくなり
権力者の力が衰えると 直ちに見捨てられる

うーん 手厳しいですね!(笑)



で 忖度がはびこる組織

一般社会から隔離された世界で
なかでの競争が激しく
懲罰 異動などの不安や恐怖に常にさらされている

そんな環境で 忖度出来る人は
常に 成功や出世への野心と
地位を失うことへの不安や恐怖を抱えているので
ついつい 得意の忖度に磨きをかけてしまう


また そのような組織では
上層部が忖度出来る人を上手く使いこなす

はっきりとした言質を与えず 具体的に指示するような野暮なことはせず
曖昧に言って 部下に忖度させるように仕向ける

お~ 重要なことを具体的に指示するのは 野暮なのですね!(笑)

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さて ここで “空気” というコンセプトが登場します

忖度出来る人は そうした社内の“空気”を敏感に感じることができ
なおかつ それに疑問を感じず
“空気”が導くままに 半ば無意識のうちに自己統制できるので

組織のなかで 偉くなっていける!(笑)

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でも それは
組織内で 社会からかけ離れた判断が横行していくことでもあり

さんざん話題になった大企業での数々の不正は
こうした忖度にまみれた組織が故に 行われてきたのではないかと
著者は推測されています


<なぜ 忖度するのか?>

何といっても 自己防衛のため

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まわりに波風を立てたくない
権力者に気に入られたい 嫌われたくない 怒らせたくない

そうした思いから 無意識のうちに相手の顔色をうかがい
相手が何を望んでいるか察知し 先回りしてそれを満たそうとする

そして 他人の評価や評判に過敏に反応してしまう


一方で 忖度への見返りへの期待もあるけれど
忖度しても報われないことも多々あることも現実

そこが 人生の不条理な点でしょうか?(笑)


また 見返りの期待よりも本能的なのが 承認欲求

子どもの頃は 他人に誉められたいから忖度して
そして 忖度できる子は 良い子 気が利く子と 誉められる

大人になると 他人に認められたい 評価されたいから忖度して
そして 忖度できる大人は 忖度社会では出世していく

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でも そうした人たちは

他者の欲望を満たそうとするあまり
自分が何をしたいのかわからなくなり
アイデンティティーの危機に陥るリスクがある

また 忖度疲れにも陥ってしまう

周囲に対する対他配慮性が優れている人は
気配りが出来て 他からの評価が高いが そのせいで疲れてしまうことが多い


対他配慮性は 社会生活を送るうえで不可欠で
それがないと 自分勝手で傲慢な人間になりやすいけれど
その原動力が承認要求だけだと 自分を失ってしまうリスクがある

なるほど


*忖度とは何か?

*なぜ忖度するのか?


*忖度出来る人は どんな人か?


*忖度が幅を利かす組織は どんな組織か?


なんとなくイメージできた気がします


でも 忖度って 良いことなのか 悪いことなのか?
どちらなのでしょう?

この文脈だと ネガティブ感にあふれていますが
相手の気持ちを慮ること自体は 悪いことではないのでは?

読み手の皆さんは どう思われますか?

 

2018.05.04更新

世はGWの真っ盛り

八丁堀界隈は
車の通行量も人影も少なく 閑散としています


出不精な書き手 人混みが苦手な糖尿病専門医さんは
どこかに旅行に行くでもなく
家でのんびりとした時間を過ごしていましたが

あまりどこにも行かないのもどうか? ということで
例によって 近場に出かけることになりました


メトロの銀座線の三越前駅で降りて 三越本店に入ると

地下の入口で さっそく こんな大きなオブジェがお出迎え!

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そう 三越のGWは ねこまつり!

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確か去年のGWも 三越のねこまつりに行き
その模様を ブログで報告しましたね(笑)


で 糖尿病専門医さんが ネットで予習されて

三越のシンボルでもあるライオン像が  ネコになっている

との情報を仕入れられていたので


地下で店員さんに聞いてみると

うーん まあ ライオンもネコ科ですからねぇ

という 期待に反した そっけないお返事が返ってきました


えーっ ということで
地上に昇って 本館入口のライオン像を見に行くと

確かにライオンはネコになっていません

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なんか 間違えた情報を見たのではないの?
と 糖尿病専門医さんに聞くと

いたくご不満そうな表情をされています


まあ 気を取り直して
お目当ての 岩合さんの写真展  を観に行きましょう!

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去年も岩合さんの写真展をやっていて テーマは京都のネコでしたが

今年は 世界のネコ歩き!

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NHKでよく放送しているシリーズですね!


こんな可愛らしい 世界各国のネコの写真が  たくさん展示されていましたが

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書き手がいちばん気に入ったのは なんといってもコレ!

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リオのコパカバーナの海岸で
大胆なポーズで まったりとくつろぐネコさん

写真展に出展されていた オリジナル写真では

パラソルの下のデッキチェアに
コパカバーナでよく見る 極端に面積の少ないビキニを着たお姉さんの隣で
このポーズで 寝られていました!(笑)

ビキニのお姉さんも霞んでしまうくらいの 強烈なインパクト!


このネコさん ビーチだけでなく街中でも
こんな大胆なポーズで お休みになっているようです(笑)

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写真店の外では ねこグッズの販売コーナーが大賑わい!

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書き手も 大人買い しちゃいましたよ!(笑)

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サイン会もされていて
岩合さんは ひとりひとりのお客さんに サインをして 握手までして
とても丁寧に対応されていました

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店内では 他のフロアでも
こんな素敵なネコをモチーフにした服が売られていたり

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ショーウインドウでは
ネコ耳カチューシャ ネコ鼻化粧をした俳優さんによる寸劇が行われ

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その隣には 楓にそっくりの
帽子をかぶった おすまネコさんがいました(笑)

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で 向かいのコレド室町で食事をして
暗くなった三越前を 歩いて家に帰ろうとして 新館前を通ったら

なんと 糖尿病専門医さんが話していた
ライオンにそっくりのポーズをしたネコさんが おられました!

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あー 良かった!
私の勘違いじゃなかった!

糖尿病専門医さんは こちらがびっくりするくらい
妙に安心されていましたが

地下で ライオンもネコ科ですから と言われていた店員さん
ご自分のお店のイベントについて ちょっと勉強不足ですよ!(笑)


帰り道 老舗の和菓子屋さんの前を通ったら

端午の節句の和菓子が  ディスプレイされていました

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そうか 明日は 鯉のぼりの日ですね!

都心の空にたなびく鯉さんを  見ることが出来るかな?



2018.04.02更新

高橋の由来の続きですが

天皇の料理番 説 もあります

日本書紀に「神に酒を捧げる者」として登場する
磐鹿六雁命(いわかろくかりのみこと)さんは 古代豪族の高橋氏のルーツで
奈良時代から 代々 天皇家の料理番をされていました

おそらくこれが 上述した天皇から賜った位である姓 のルーツなのでしょう


天皇に食べていただく 鶴や鯉などを料理していたそうで
包丁式と呼ばれる 天皇のために食材を清める儀式は
江戸時代の終わりまで 宮中で 高橋家が取り仕切っていたそうです

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昔は 鯛でなく 鯉が最高級魚だったのですね
髭があるので龍になると言われ最高級の魚だった という理由が面白い!(笑)

それに 鶴を食べていたのですね!
美味しかったのかな?


一方 神職 説 もあり

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歴史が古い名字で 神主・神職に就いている人が多く
有名な社家は越後弥彦大宮司家の高橋氏で

神職に就いた高橋氏は 北関東や東北に多いそうです

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神様の一番の家来 末裔が 高橋 と言われているとか



古来の文字を研究されている専門家によると

高橋 というのは
シンプル過ぎない凝ったデザインで
かくかくした印象もあるけれど きれいで崇高な感じ

口 が3個も出てくるのが特徴ですが
古来 口 は神への願いを込めた箱を象徴していて

3000年前の漢字のルーツ 甲骨文字では

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高 は 城門の前に 神への願いを込める箱が置かれた模様
橋 は 城門で 人々が踊り お祓いを捧げている模様

を 表していたそうで

いわば スーパーパワースポット名字 といえるとのこと

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ホント?(笑)


ということで

天皇や神さまとのつながりが示唆されている高橋という苗字を
誇りに思っている人が多く

江戸時代は 転居などで苗字を変えることが多かったそうですが
高橋性を変える人はいなかったとのこと


また 庶民の憧れでもあったため
明治時代に平民も苗字をつけるようになったとき
高橋を名乗った人が多かったそうで

そんな理由で 日本全国にこれだけ多くの高橋さんが増えていったようです


自分の苗字のルーツなんて 考えたこともありませんでしたが
こんな風に持ち上げられると なんとなく悪い気にしません(笑)

由緒正しい高橋の名を汚さぬように 日々 精進していきたいです?



ちなみに 苗字が高橋に変わった糖尿病専門医さんが
高橋 について一番感じられおられることは

画数が多くて 書くのが面倒くさい! だそうです(笑)

確かに 画数は多いね(苦笑)

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さて 十把一絡げの苗字にも 利点はあります

それは あまりに多い苗字なので
ある程度親しくなると まわりから姓で呼ばれることが少ないこと

書き手は 小学校時代から現在に至るまで
学校や職場で 高橋 と呼ばれることはほとんどなく
ずっとファーストネームで呼ばれています

ファーストネームで呼んでもらうって なんとなく良いのですよ

とても個人的な 高橋の恩恵です(笑)



2018.03.30更新

高橋という苗字は とても多いです

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糖尿病専門医さんは 書き手と結婚した当初
十把一絡げの名前になってしまった 
と嘆いておられました(苦笑)


で 先日 NHKの 人名探究バラエテイー 日本人のおなまえっ!
という番組で 高橋 のルーツ探しをやっていて

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正直言って 人さまの苗字には興味がありませんが(苦笑)
自分の苗字には興味があるので ついつい見てしまいました(笑)


で 高橋さん

なんと全国第3位の多さで 145万人もおられるそうです

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ちなみに 

1位は佐藤さんで200万人
2位は鈴木さんで175万人
4位は田中さんで135万人 
5位は渡辺さんで115万人

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学生時代に 日本人の名前 的な本を読んだときは
5位か6位で 田中さんや渡辺さんの順位が上だった記憶がありますが
あの頃より増えたのかな?



さて 苗字 と  と  は 厳密には異なっていて

*苗字 は基本的には好きなものを自由につけるもので
 主に生地に関係したもの

*氏は 血縁関係にある一族を示すもの

*姓は 天皇から賜った地位を示すもの

だそうで


高橋に関しては

*苗字をルーツにするもの

*天皇から賜った位である姓をルーツにするもの

の二つが存在し


佐藤さんも 鈴木さんも
好きなものを勝手につけられるという苗字を起源にしているのと
若干異なるそうです


また
高橋は 全国に分布が広まっている が特徴で

佐藤さんや鈴木さんが東日本に偏っているのとも対照的とのこと

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さて そのルーツは諸説あって

読んで字のごとく 高い橋 がルーツ のひとつだそうです

平安時代に起源が遡れる奈良市の髙橋神社
高橋のルーツと言われていますが

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大安寺 薬師寺という 平城京の2大神社の中間に位置する場所にあり
高貴な人々の往来が多かったところですが

ここに 最先端の技術を使って作られた
特別なデザイン 装飾が施された 橋桁の高い橋があったそうです

当時 橋桁が高いのは凄い技術で ランドマークだったとのこと

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そもそも 天の神は 
祭礼の日には 天から地に続く高い梯子を使って地上に降り立って
人々のもてなしをうけたそうで

この「高い梯子」が「高梯子」となり 
「たかはし」になり「高橋」の漢字をあてた
との説もあります


また 旧漢字の 髙 (書き手も戸籍上は髙橋です)は
はしご高と呼ばれますが これは天まで通じる柱を意味しています

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そのような橋に関わる家系で 権力を持つ 地位の高い家柄だったとか


ふーん 高橋

思ってもみませんでしたが
意外にやんごとないルーツがありそうで びっくりです(笑)


続く

 

2018.03.26更新

お飲み物とか お持ちさせていただいて良かったでしょうか?

コンビニや飲食店で 若い店員さんが話す
こんな言葉遣いを聞いて ビックリすることにも慣れてきましたが(苦笑)

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あ 話しているのは 最近増えた外国人の店員さんでなく
ネイティブの日本人の若者ですよ

実は 最近流行りのこんな日本語は
奈良時代前半に使われていた「花見む」「人見む」といった日本語と
アナロジーがあるそうです


曲がり角の日本語 という岩波新書を読みました

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著者の水谷静雄さんは
長きにわたり 岩波の国語辞典を編集されてきた方です


さて どこにアナロジーがあると思われますか?

それは 主語であることを示す格助詞の「を」が省略されていること

ブログ とか、、、 といった具合に使われる
言葉のあとにつける「とか」は 副助詞と呼ばれますが

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最近の日本語では
副助詞がやたらと濫用されているのが 大きな特徴だそうです


もともと日本語には 副助詞が使われる際は 格助詞を省略する傾向があり

しかも

主語であることを示す格助詞の「が」や
目的語であることを示す格助詞の「を」は
それぞれ 平安朝 奈良朝になって 初めて日本語に登場してきたそうです

つまり 昔使われていた日本語では
格助詞で示される主語や目的語は 省略されることが多かった

だから 文頭に記したような 主語がない
花見む人見むといった言葉遣いが 奈良時代前期にされていたとのこと

そして 文脈のなかで 敢えて主語や目的語を明示しない傾向は
むしろ日本語の特徴となって その後も引き継がれます



ということで 少しフォーカスがずれて恐縮ですが
やたらと「とか」といった副助詞が乱用される現代の日本語は
奈良時代前期に先祖返りしている?

わけでは決してなくて


格を明確に規定する格助詞を抜いて
「とか」や「など」といった副助詞を濫用する

そんな日本語が跋扈している背景には


自分の言葉をなるべく曖昧にしたい 責任をとりたくない
という意識が強く存在している 

と著者は主張されます


明確に提示すると まわりから突っ込まれるのが怖いので
わざと副助詞を乱用して ぼかすような言い方をする


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そのような意識は 敬語の使い方にも強く影響していて

文頭に記したような表現が
長たらしくて変に持って回った言い方をすることが敬語になる 
と勘違いしたうえ

さらに
自分が言ったことに責任が問われることがないようにするために使われる

だから余計に 日本語の敬語は滅茶苦茶になってしまった
と著者は嘆かれます



そもそも平安 奈良の頃に
主語や目的語を明示しない格助詞抜きで言葉が成立していたのは

当時は敬語が充分に機能していたので
述語に施されている敬語の表現を見聞きさえすれば
たとえ明示されていなくても おのずと主語や目的語が推察され得た

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そこが 他の言語とは異なる日本語の大きな特徴で

そうした日本語がバックボーンにあるので
日本文化は 多くを語らなくともお互いに相手の意図を察して通じてしまう
語り手よりも聞き手の能力が問われる ハイコンテクスト文化を形成してきた

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これって ある意味で格好良い 今風に言うとクール! 

と書き手は思うのですが

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ところが 責任回避主義にのっとられた

やたら丁寧だが中身のない敬語

責任 言葉尻をとられないようにするための
格助詞抜きで副助詞が乱用される表現

が跋扈する


何でもずらして おぼめかして言う

問い詰められたときに 自分に責任がかぶらないような言い方をする

責任をとりたくないから 断定する言い方を極力避ける

そして 過剰にへりくだる

今の日本語は まさにそんな状態だというのです
そんな日本語では なにも伝えることができなくなってしまう

著者の悩みは深いです


なるほどねえ

断定を避け 責任回避に尽くす

そんな表現が巷に溢れているのは
それだけ今の世の中が 窮屈で生きづらい証しかもしれません

自分でも 知らぬ間にそうした日本語を使っていないか
気をつけなければいけないと思いました

まあ はっきり言わない ということは
ある意味では 刺々しくなくて良いことかもしれませんが
確かにまどろっこしい感じもします

あ また ~~な感じ なんて ぼやかした表現をしている!(苦笑)

 

 

 

2018.03.12更新

京都の染師 吉岡さんの
日本古来の色を 古式ゆかしい植物染めで再現する試みの続きです


は 日本を代表する色

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海外ではJapan blueとも呼ばれ
明治時代に日本に来た外人の眼には 日本は青い世界に見えたほど

かつての日本は 暖簾 着物 のぼりなど 多くのものが青色で染められ
おとぎの国のような雰囲気であふれていたそうです

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但し この藍こそが 染めるのがいちばん難しい色だそうで

蓼藍(たであい)という植物の葉から

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まず 蒅(すくも)を作ります

夏に葉を収穫し 2か月かけて乾燥させ
10月に臺のなかに入れて 水をかけて 枯草菌を繁殖させます
そして2か月に1回ほど切り返す

こうして半年かけて発酵させ 蒅(すくも)ができます

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蒅(すくも)作りは 今も昔も徳島で行われていて
藍師と呼ばれるプロの方々が作業に携わっておられます

化学染料の出現により衰退しましたが 今でも数軒が残っているとのこと


さて蒅(すくも)は 染め師に渡されますが
この段階で まだ枯草菌は生きています

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染め師は 染料からブクブクと泡立つ具合を見て
染める時間の長さを決めます

染める時間の長さで 色が微妙に異なるので まさに一発勝負です

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染めてからすぐの布は 緑色に見えますが
水洗いのあと 空気に触れて酸化すると 青くなります


こうして 染める時間を変えて
藍から さまざまな青を染め分けます

濃い青 紺色 薄い青 水色


薄い色の染め方の方が 時間調節が微妙で難しいそうです


濃いから薄い順に 青色の名は異なります

紺色 縹(はなだ)色 浅葱(あさぎ)色 水色 甕覗(かめのぞき)

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青系色だけで 20以上の名称があるそうですが
そのグラデーションを見ると ため息が出るほど美しい世界です

書き手は 青色フェチですから
和の色の青のグラデーションは どれだけ長い時間見ていても飽きません

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黄色は さまざまな色を作る 魔法の色です

刈安という植物を そのまま煎じると 黄色の染料になり
比較的簡単に作れます

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黄色そのものも充分に美しいのですが
中間色を作り出すのに使われる 貴重な色なのです

例えば 藍で染めた布を黄色で染めると
青竹色と呼ばれる緑色になります

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緑色の自然の染料は世の中になく
全て藍と黄色の掛け合わせから造られるそうで
藍の濃さと 黄色の加え方で 緑の深さが決まるとのこと

緑色もグラデーションがあり
濃いから薄い順に 青緑 常盤色 若草色 苗色 と呼ばれます

このグラデーションも 青に負けず劣らず 美しい

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青だけでなく 他の色も 黄色と掛け合わせると
さまざまな中間色が出来ます


このようにして
300~400種類とも言われる 世界に類を見ない多さ 豊かさの和の色が
出来上がっていくのですね


吉岡さんが こうして長年にわたり研鑽されて
植物染めで染め上げられた 多種多様な和の色は

ロンドンのヴィクトリア・アルバート博物館で
植物染めシルクとして 永久保存されることになったそうです

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このヴィクトリア・アルバート博物館

若き日の吉岡さんが 毎年2週間ほど通い詰めて
陳列されてある世界の万物を目のあたりにして
本物を追求しなければいかないと インスパイアされた場所だそうで

そうした 吉岡さんにとって 宝物の宝庫のような場所に
自分が植物染めで染めた和の色の布が納められるなんて
なんだか幸せですよね

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でも 平安時代の伝統的な和の色を
長い時間をかけて 愚直にひたすら追い求めた
研鑽と努力の日々があったからこその 幸せなのでしょう

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頭が下がりますし 羨ましいです、、、



2018.03.09更新

平安時代に使われていた鮮やかな色を 復活させたい

そんな思いから
古代から使われている植物染めの復活を推進している
京都の染織工房の染め師さんの ドキュメンタリー番組を見ました


日本の色には 独特の美しい呼び名があって
その数は 300~400種類あまり

青系色だけでも 藍 紺 群青 露草など20以上の名称があり
世界に類を見ない多さ 豊かさを誇っている

しかも 美しく 自然になぞらえた つつましさ 確かさがある

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そんなことは 以前 本を読んで興味を持っていましたが

いかんせん 日常の生活では
和の色なんて何の馴染みもありませんから
興味はあるけれど リアルさはない 

といった状態でした


だから

「失われた色を求めて ~植物染め・伝統100色を今の世に」

というタイトルの この番組に 興味を持った次第です

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主人公の 京都の染司の染織史家・5代目・吉岡幸雄さんは

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植物染めの美しさを追求されています

染料の原料のほとんどが植物で 本当に美しい色が出るそうです


かつては 世界中で天然の植物染めが行われていましたが
産業革命で化学染料が発明されて以来
その簡便さ 安価さに押され すたれてきたとのこと

日本でも 江戸時代までは植物染めでしたが
明治以降は化学染料を用いた染色が主流となり 
植物染めは 忘れられてしまいました


しかし 吉岡さんは

正倉院に残されていた 平安時代の衣装の切れ端を見て
1000年以上のときを経ても 全く輝きを失っていない色の美しさに
驚かれました

化学染料を用いた染物では こんなことはあり得ない

植物染めの偉大さを実感され 回帰していかれたそうです


化学染料全盛の世で失われてしまった 日本色を再現するために
古来の文献にあたり 
かつての日本の色の染料 染め方を研究する

日本各地の農家とコラボして 染色の材料となる植物の栽培を行う

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そうして得られた貴重な植物染料を用いて 全て手作業で染める

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確かに 植物染めの色は 美しくて そして存在感があります


昔造られた甲冑に織り込まれた糸の赤は 今でも全く色褪せておらず
見る者を圧倒するような 凛々しさ 気高さを感じます

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普段見慣れている色とは異なるのが 一見してわかります

素人目にも 植物染めの素晴らしさが解るような気がしました



平安時代は 日本の歴史上 最も色が豊かな時代だったそうです

源氏物語では さまざまな色に溢れた描写が繰り返しでてくるそうで
その色の名前も 上述したように 自然豊かで美しい

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日本人の愛した色は
美しい景観を見つめて それを自らの衣装や 絵画 工芸などに表し
物語や歌のなかに託してきたもの

吉岡さんは 日本の色についてそう語られ
生涯かけてその復活を目指したいと言われます


番組ではナレーターが 源氏物語のなかで
源氏が さまざまな女性に贈る衣料の色を指示する場面を朗読します

紅梅 葡萄(えび)色 桜色 浅はなだ色 
濃い紅 赤 山吹 青鈍(あおにび)
梔子(くちなし)色 聴(ゆるし)色

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そして それらの色をどのように重ね合わせていけば美しいかも思案します

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ここで言い表された和の色

無粋な書き手は 哀しいかな ほとんどイメージすることができませんが

色の重ね合わせで 美しさがさらに際立つことは想像できますし
とても興味を持ちました

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実際に どのような色が
どんな植物を原料にした染料で どのように染められるかは
次回詳しく説明することにしますが


うーん 和の色か、、、

ちょつと インスパイアされてしまいました



2018.03.02更新

清少納言 の 枕草子 

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紫式部 の 源氏物語

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いずれも王朝文学に燦然と輝く名著ですが
比較するのが困難なほど その内容は全く異なっています


枕草子は 
をかし をモチーフにした洒脱なエッセイ

人やものごとを 客観的 理性的に見て 料理していきます

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源氏物語は 
あはれ をモチーフにした 壮大な恋物語

人の生き様を 主観的 情緒的にとらえて 物語を紡ぎます

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こうした際立つ作風は
それぞれの著者の性格によるところが大きいとされています



清少納言の性格は

すかっとしていて 鼻っぱしが強い
勢い余って ついつい余計な一言まで加えて 人を論破してしまう

一流でなければダメで 二流三流は許せない

ということで 

才はあるが生意気で嫌な奴 とも言えます(笑)

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その反面 打たれ弱いところもあって

枕草子には
道隆が死亡し道長が権威を握ったあとの話題がむしろ多いのですが

しかし悲壮感はなく
道長 彰子に対する批判もなく 道長にはむしろ好意的ですらあったため

清少納言は道長のスパイなのではないか? との噂が出たこともあり
その際はかなり落ち込んで 4か月間も実家に帰ってしまったそうな


彼女は 後宮での会話の名手として名を馳せていて

時期を外さない瞬時の対応で
短く わかる人にはわかる式の 
相手の知識や才能に訴える受け答えが出来る

自分は美人でないと思っていたので 尚更 話術に磨きをかけていた
との説もあるようです


自然や人の情感に敏感で 超がつくほどの 好奇心の旺盛さを併せ持つ
女嫌いで 主人である定子以外の女性には全く興味がなく

その一方で 一流の男好き
しかも 一流でない男には興味を示さない

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そんな性格の彼女の筆運びは きびきびしていて
連想を自由に飛ばし 思いの赴くままに筆を走らせる

実録的描写に優れ きりっと引き締まってスピード感がある文体
ノリがよくて おまけに軽妙な風刺まで利かす

個人的には こういう筆運びは 大好きです!(笑)


ちなみに彼女 バツイチで
離婚後に28歳で中宮に仕えるようになったそうです

旦那さん 大変だったのかな?(笑)

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一方 紫式部の性格は

どちらかというと ネクラでカマトト

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漢字や歴史に詳しいことを自慢しながら
周囲への配慮から 他人にはそのことを隠し続けます

当時の女性は 漢字(学問)は必要でなく
むしろ漢学に長けると女らしさに欠ける とされたので
致し方ない処世術であったようですが

つつましく 目立たないようにしていながら
自らの才能には ただならぬ自信を持っていたようで

源氏物語の空蝉は 自分がモデルではないかと言われています


人には本心をすべて打ち明けさせて 自分の本心は決して明かさない

こうした性格は 隙がなさ過ぎて どこか意地悪に写ります

実際に後宮では 周囲の女房たちからの嫉妬に悩まされたようで
貝のように閉じこもり
ネコをかぶって 女の修羅場をくぐりくけようとしたとのこと

カマトトと言われる所以は そんなところにあるのかもしれません


それでいて 男よりもむしろ女好きで

紫式部日記には 
多くの女房の容姿 衣装 立ち振る舞いが詳述されています

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当時としては新しい文学ジャンルである「物語」への意識も強かったようで
男が書いた正史よりも 物語の方が人の本質を著せると認識し

歴史書などは事実を記したメモに過ぎない と述べています

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そして この時代の女性を
自分の運命も決められず 幸せも他人任せの受け身な生き方しかできない
不自由で哀れな存在としてとらえていました

源氏物語が 実は女性を描いた作品であると言われるのは そのためです


また 前回ご紹介したように
清少納言に対する 一方通行的な激しいライバル心を持っていた一面もあります

そういう意味では 色々な意味で 
清少納言よりも 女らしい方だったのかもしれません?

あ このコンテクストで 女らしい なんて書くと 怒られるかな?(苦笑)

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ちなみに 彼女は未亡人で
27歳の晩婚でしたが わずか2年で夫は先立ってしまい
夫の死後に30歳で彰子の宮に仕えるようになりました



さて このように 対照的な性格だった 清少納言 と 紫式部

彼女やパートナーにするのは どちらのタイプが良いでしょう?
読み手の皆さんは どう思われますか?


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書き手は

ユーモアを解し 軽妙洒脱な会話が楽しめる清少納言に魅力を感じますが

紫式部の 物語や  当時の女性の生きざまに対する深い洞察にも
魅力を感じます


うーん でも

どちらか一方 と言われたら 清少納言かな?


でも お恥ずかしいことに
枕草子も源氏物語も まだきちんと読んだことがないのですよ!

そろそろ歳も重ねてきたので 
ふたりの性格を思い浮かべながら 読んでみようかと思っています


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