左利き肝臓専門医ブログ

2018.07.13更新

今年のカンヌ映画祭で
是枝裕和監督の「万引き家族」が 最高賞のパルムドールを受賞されました

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いいなあ ケイト・ブランシェットから賞をもらえて!
(書き手は彼女のファンです:笑)


ところが 是枝さんが政府からの祝意を辞退されたことで
インターネット社会が非難轟轟で賑わったようです

いわゆる “炎上”という おどろおどろしい現象ですね(笑)

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非難された方々の主張は

国から助成金をもらって制作した映画なのに
犯罪(万引き)といった 日本の恥部を描くような内容でけしからん

そのうえ 政府からの祝福を拒否するなんて 何様のつもりだ?

といった趣旨のようです

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書き手は 幸か不幸か そんなことは微塵にも感じなかったので
一連の報道やコラムを見聞きして
ふーん 世の中には 色々なことを考える方がおられるのだな
と 半ば感心していました


是枝さんは ご自身のブログで

「大きな物語」に回収されていく状況の中で
映画監督ができるのは その「大きな物語」(右であれ左であれ)に対峙し
その物語を相対化する多様な「小さな物語」を発信し続けることであり
それが結果的にその国の文化を豊かにするのだ

映画がかつて「国益」や「国策」と一体化し
大きな不幸を招いた過去の反省に立つならば
大げさなようですが このような「平時」においても
公権力(それが保守でもリベラルでも)とは潔く距離を保つというのが
正しい振る舞いなのではないかと考えています

最後に一言だけ
今回の「万引き家族」は文化庁の助成金を頂いております
ありがとうございます 助かりました

と書かれています

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書き手がなるほどと思った部分だけを抜粋しましたが
芸術家らしい 真っ当な意見のように感じます

最初の部分の 映画監督としての意気込みは 格好良いとも思いました


で こうした“炎上”に関する
朝日新聞の記者さんの是枝さんへのインタビュー記事が面白かった

是枝さんは 炎上での論点について こんな風に語られます


国からの助成金をもらっているのに云々 については
 
補助金をもらって政府を批判するのは真っ当な態度なんだ
という 欧州的な価値観を日本にも定着させたい

いま 僕みたいなことをしたら たたかれることは分かっています

でも 振る舞いとして続けていかないと
公金を入れると公権力に従わねばならない ということになったら
文化は死にますよ


再度 格好良いですね!(笑)

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記者さんは是枝さんに こう問いかけます

SNSが浸透した現代社会では
意見を同じくする人たちにしか響かない言葉ばかりが
勢いよく飛び交っている
意見を異にする人たちに伝えるには どうすればよいのだろう?


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この問いに対し 是枝さんはこう答えます

僕は意図的に長い文章を書いています

短い言葉で『クソ』とか発信しても そこからは何も生まれない
文章を長くすれば もう少し考えて書くんじゃないか
字数って大事なんですよ

この答えは 意外で面白い!

書き手はツイッターが苦手というか あまり興味がないので
是枝さんのこの発言に 思わず膝を打ちましたよ!(笑)

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書き手は不勉強で知りませんでしたが
是枝さんは以前から
現代のメディアが陥りがちな「分かりやすさ至上主義」に
警鐘を鳴らされていたそうです


だって 世の中って分かりやすくないよね

分かりやすく語ることが重要ではない
むしろ 一見分かりやすいことが実は分かりにくいんだ
ということを伝えていかねばならない

僕はそう思っています

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ねっ やっぱり面白いし 格好良いでしょう?

是枝さんが語られることを聞いていて
書き手は なんとなく気分爽快になりましたよ!(笑)



ちなみにフランスでは
大統領が必ずパルムドールの受賞者をエリゼ宮に招くそうで

その祝いの宴では大統領が 単に型通りの賛辞だけでなく
受賞作品が訴えていることへの理解や共感について
自身の言葉でスピーチをするのが通例だとか

あの粗野で教養がないと散々揶揄されたサルコジですら
在任中にはパルムドール受賞者をエリゼ宮で
そのように歓待したそうです

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フランスでは 文化教養は大統領に当然求められる素養だそうで

あ これは見聞きしたフランスにおける事実を淡々と述べているだけで
どこかの国の指導者の文化的素養を
揶揄しているわけでは 決してありませんから

読み手の皆さんは 勘違いされないでくださいね!

炎上されたら 困りますから?(笑)


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さて 万引き家族 見てみようかな?
でも映画館は混んでいるだろうから DVDになるまで待つかな?(苦笑)

 

2018.07.02更新

忖度の話 最終回です


しがらみがあるところには 必ず忖度が生まれる
 と言われます

しがらみに辟易している日本人は多いのでしょうが
でも 抜け出すのは大変なことだと思います

文化を変革することですからね

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さて 池内了さんは arc21という雑誌に
「真の民主主義の確立のために」
というタイトルで 

忖度と民主主義の関係について書かれています


日本には真の民主主義は根付いていない

人々が自分の頭で考えず 自分の意見を持たず
世間に流布する言説に流される体質になっているから である

そしてこれは 歴史的に形成された大和民族の特質である

と 池内さんは指摘されます

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そして 

日本人が最も尊しとする 和 が実現できるかのように
人々に思い込ませる 疑似民主主義的な手法こそが 忖度や同調 だ

と 指摘されます

権力者は 強制するのでなく 忖度できる人に忖度させることで
社会に自らの意向を より確実に強烈に反映できるように誘導するので

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民主主義は 忖度にまみれた権力者の偽りの像を見抜くところから始まる

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同調
自分の意見を持たず もっぱら周囲の雰囲気に調子を合わせる行動で
和を重んじることを優先し 自己主張で周囲をかき回すようなことはせず

結果が間違っていても 個人責任は問われない


民主主義は 
個人が自分の行動に責任を持つことが基本で

同調だけでは個人の顔が消えてしまうので
個を尊重する社会では 同調一辺倒の社会は似つかわしくない

同調圧力の原因となる 影の存在に肉薄することが大切である

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一方 空気が読めないKY は 

忖度社会では負の評価を受け
和を大切にしない 空気が読めない 自分本位に振る舞う 
などと非難されますが

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KYには 個人の反抗的な心情が込められていることがあり
それは民主主義の出発点をなす自由な発想と個人の確立につながる要素なので
一面では頼もしい行動でもある

昨今の 政治家 官僚 裁判官 巨大企業社員の忖度の横行には
絶望感を感じざるを得ないが

若者のKYには 個の確立 民主主義の発展の視点から期待も持てる

と まとめられています

KYは 忖度社会を打破できる存在として有用である
という話は前回も紹介しました

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それにしても
忖度と民主主義が関連してくるとは 思いませんでしたが
確かにそうかもしれませんね


繰返しになって恐縮ですが
やはりポイントになるのは 個や主体性の確立 だと思います

それがあってこそ 忖度や同調圧力などと揶揄されない
日本の誇るべきハイコンテクスト文化を花咲かせていけると
書き手は思うのですよ


ところで ネコは 忖度できるのかな?(笑)


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2018.06.25更新

忖度は 
日本社会からは決してなくならない

むしろ日本では
忖度出来る人は気が利く人と評価され
美徳とすらされる


そもそも日本社会では 察する 思いやる 無念無想 が重視されてきました


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無念無想
日本人のコミュニュケーションの極点で まさに日本人の正徳的な感覚であり

*言わなくてもわかる 以心伝心
*言葉でいちいち伝えるのは 野暮
*言語の軽視 ロゴスの否定
*相互理解のためには 論理的な言葉は不必要で むしろ邪魔

といった考え方が 背後に存在します


しかし こうした“言葉の否定”こそが 
空気の支配を許す大きな原因になります

言語でなく空気が コミュニケーションにおいて重視され

そうした 空気に支配される 空気を読むことが 忖度につながる


書き手は
いちいち事細かに言葉で説明しなくとも通じ合える
そんな日本のハイコンテクスト文化は 粋で誇れるものと思っていますが

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しかし 

それが忖度社会を形成する基になってしまうという
負の側面もあることは 
考えたこともありませんでした

目から鱗でした!


で 忖度社会に対処するには

*忖度に縛られていることに気付くこと
*なぜ忖度するかを見極めること
*醒めた目で自分自身を見つめること

が大切だと 筆者は語られます


何を失うことを恐れているか?
どんな見返りを期待しているか?
誰に認められたいのか?

忖度することが 自分が生きていくうえで必要不可欠か自問する
忖度すれば報われるというのは 甘い幻想だと気付く

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うーん 厳しい指摘ですね!(苦笑)


さらに

言わなくてもわかる という思い込みを捨てることも大切

言葉の否定が 空気による支配を蔓延させ 忖度を生じさせるので
出来るだけ 言葉にして明確に伝えるようにする

うーん 日本が誇る ハイコンテクスト文化の否定につながるなあ(苦笑)



一方で筆者は こんな指摘もされます

空気が読めない人は 空気に支配されずにすむ


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KYも悪くないということ?(笑)


空気をある程度読むことは 組織のなかで生き延びるために必要だが

空気をなんとなくおかしいと感じるセンサーを
低下させないようにすることが大事で

何となくおかしい と感じたら
敢えて忖度しない勇気を持つ ときには水を差す勇気を持つ

醒めた目で空気を読みながら それに流されないこと
自分が本当に何をやりたいのか? 何を求めているか を突きつめること
自分自身の欲望と真摯に向き合うこと

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ここまで読んできて 書き手は強く感じるのですが

主体性 個 といったものさえしっかりしていれば
ハイコンテクスト文化の良さは 存分に発揮できると思うのですよ

そこがポイントのような気がします

 

 

2018.06.22更新

再度 忖度の話を続けます


なぜ忖度はなくならないのか?

それは 日本人は「世間」を気にせずにはいられないから


空気 同調圧力 に続いて
今度は 世間 というキーワードが登場してきます

「世間」という言葉は 万葉集の時代からある
実質的な裏の人間関係を示すもので

自分と 利害関係のある人々と 将来利害関係を持つであろう人々 の
全体の総称を示すそうです


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その特徴は

同質の人間からなり 外国人を含まず
排他的で閉鎖的な性格を有する 

こと


日本人は ある「世間」に所属できることで安心でき
「世間」は その構成メンバーのプライドのよりどころになる

と同時に

「世間」の意向を 忖度せずにはいられなくなり
自分が所属する「世間」ばかり見て 社会に目を向けようとしなくなるので
余計に忖度がはびこりやすくなる

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そして 日本の多くの組織において
「世間」のコネや人脈により 社会の重要な決定がなされる

そうした組織は ブランド力があり

そこに属する人にとって
自分がそこに属することが レーゾン・デトール 存在価値になり
また 自分は特別である という特権意識を持つが

一方で そこから排除されることを恐れ そのために忖度に走る

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そうした組織人は
想像力が欠如し  外の社会からどう見られているか無関心になるので
社会のルールや評価よりも 世間の意向を重視してしまい

そんな組織人で構成される組織は
閉鎖的で 部外者を徹底的に排除して 内部の論理だけで動くようになる

うーん なかなか恐ろしいものがあります


で 「世間」のルール というのもあって

贈与 互酬の原則
 もらったら返すことで 中元・歳暮が良い例ですが
 個人でなく地位に贈られることが多く
 見返りの期待や打算に基づく 一種の投資行動 でもあるそうです(苦笑)

長幼の序
 年功序列の意識ですね!

共通の時間意識
 日本人独特の “今後ともよろしく” という感性で
 西洋人は一人一人の時間を生きているので こうした共通の時間意識はない

差別的で排他的

神秘性
 世間は わけがわからない 正体がつかみにくいから
 逆に圧倒的な力を持ち 
 合理性では判断できないほど 世間の暗黙の掟に縛られてしまう

なるほど~

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書き手はスウエーデンで留学生活をしていたときに
それまで気づかなかった日本社会や日本人のこうした特徴を
意識することが出来ました

特に 個と社会の関係の 彼我の違いに驚いた
ちょっとした カルチャー・ショックでした(苦笑)

たとえば こんなことがありました

研究室の仲間と談笑していたときに
書き手をポスドク(博士研究員)として受け入れてくれたボスのために
頑張って実験して良いデータを出さないと
と 書き手が言うと

変なこと言うなよ
お前は自分のために研究しているのであって
ボスのために研究しているわけではないだろ?

と 指摘されたのですよ(苦笑)

まさに 欧米人は個人として生きているが
日本人は世間のなかで生きていること

を 実感しました


閑話休題


で 著者は
最近の社会は 世間のルールが崩れ 変化 流動化しつつある
と 論を展開されます

それは バブル崩壊後の社会の変化が影響していて

終身雇用 年功序列の崩壊
非正規雇用の激増
製造業からサービス業へのシフト

などにより 従来の“世間のルール”が成り立たなくなってきた


いわば 世間という きちんとした共同体が崩壊しつつある状態

具体的な事例として
就職してもすぐに辞めてしまう若者の増加や
お中元 お歳暮離れ などが挙げられています

そして 

人々は二度と世間・共同体をとり戻せないと感じているので
せめて共同体の匂いを感じたいと思い
 
それが故に 空気を読むことにこだわるようになり
空気の影響力が以前にも増して強まっている


一方 SNSの普及により
見えない相手と円満に交流するため ネットでの炎上を防ぐために
空気を読むことが これまで以上に必要とされる

ルールのない空気による支配

なんだか あやふやで危険な感じがします

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さらに 共同体だけでなく 国民国家を支える幻想も崩壊しつつあり
超ソロ社会が出現して来ているそうで

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そうなると人は
家族にも会社にも地域社会にも頼ることが出来ないので
不安と孤独にさいなまれ

それが故に 余計に共同体の匂いを感じたいと思い
さらに空気を読むことに執着するようになる

悪循環ですね!


空気を読むことは
正体の解らない誰かの意向を忖度することと 表裏一体で
決して健全なことではない

空気の存在しない国や社会はないけれど

問題なのは
空気の支配を許すかどうか?
許さないとすれば 空気にどう対処するか?

ということで

日本は 空気の支配を許す国なので
いまだに忖度がなくならず 縛られている
と 筆者は結論付けられます

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では そんな状況に どのように対処すればよいのでしょう?

 

 

2018.06.15更新

忖度の話を続けます


なぜ日本社会では忖度がはびこるか?

日本社会には 同調圧力 なるものがあるそうで

皆と一緒でないと不安になる
なんでも横並びが大好き

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例えば
日本の有給休暇消化率は50%で 世界で一番低いけれど
そのかわり 祝祭日の数は際立って多い

ひとりで有給休暇はとりにくいけれど 皆と同じ祝祭日なら安心 ということ

そして
日本のサラリーマン社会が 忖度のクモの糸に縛られているのは
この同調圧力が強いから というわけです


確かに日本人は
他の人と同じだと安心するし
人と異なることを嫌がる 怖がる傾向がありますね

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で 社会で同調圧力が大手を振っているのは 排除への恐怖 が原因で

同調圧力に逆らえば 組織から排除されかねないという恐怖があり
排除されないようにするためには 皆と同じようにするのがいちばんで
だから無意識のうちに自己規制が働いて 圧力に従う

日本人は 大きくてブランド力のある組織に属すると安心できるけれど
一方で ひとたび属すると
今度は排除への恐怖がとても強くなるのです

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別の見方をすると

主語を 一人称単数から 所属組織に明け渡してしまう傾向が強く

自分で判断するより 忖度のネットワークのなかで
周囲の希望や意向を推し量りながら
それに沿って生きることを好む傾向がある

そうすれば 自己責任を感じずにすむし  さらに社会や組織から高く評価される


うーん 耳が痛いかも?(苦笑)


ここで 山本七平さんの 「空気」の研究 という論文が引用され
前回も登場した“空気”と 同調圧力の関連が語られます

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つまり

まわりの人々の暗黙の同調圧力が 空気になり
その空気が 人と社会を支配するほどの大きい影響力を持つのが
日本の社会の特徴で

空気が強い社会では 忖度の必要性がさらに増す


この空気は
まことに大きな絶対権を有した妖怪のようなもので

非常に強固で 絶対的な支配権を有する判断基準となり
あらゆる議論や主張を超えて 個人を拘束する

その前では 論理的な分析や論証は一切吹っ飛んでしまい
あらゆる議論は 最後は空気によって決定される

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空気によって ロジカルな判断ができなくなってしまう

うーん 怖いことです、、、


一方で
空気に抵抗するものは 異端として社会的に葬り去られるので
人は何も言えなくなる

特に最近の社会では 空気の支配が強まっていると
著者は危惧されています


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でも 書き手は思うのですが
誰が 何が どのようにして 空気を形成するのでしょう?

そんなことを疑問に思っているようでは
空気に敏感にもなれないし
忖度上手にもなれないのでしょうか?(苦笑)

 

2018.06.11更新

昨年の流行語大賞になり 最近また世間を賑わせている 忖度

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書き手はお恥ずかしいことに
マスコミで話題になったおかげで
生まれて初めて この言葉を知りました(苦笑)

うーん いい歳をして
これまで忖度しない人生を過ごしてきたのでしょうか?

それとも 意識しないで 忖度してきた?(笑)


ということで お勉強好きな書き手は
片田珠美さんという精神科の先生が書かれた
「忖度社会ニッポン」という角川新書を読んで とても勉強になったので
何回かに分けて内容をご紹介します

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<そもそも 忖度とは何か?>

忖度は

*相手の指示がなくても

*相手の意向 欲望を推し量り

*先回りして満たそうとする

行為のことで

立場の弱い人が 強い相手にすることが多い

意地悪な言い方をすると
地位の低い人に こびりついた習性で
権力者にこびへつらい 自分の地位を盤石にしようとする行為である

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なるほど~!


で 勉強が出来る優等生は 小さい頃から“忖度の達人”で

もともと忖度の能力が高く
その能力で 他人から褒められる成功体験を繰り返して
忖度のうまみを肌身で感じている

そうした優等生が
官僚 裁判官 エリートサラリーマンなどに成長して
彼等が生息する 忖度がはびこる組織で さらに腕を磨いていく

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再度 なるほど~!!


また意地悪な言い方をすると

忖度できる人は
自分の意見を考える習慣がなくなっていることに気付かず
ゴマ擂りが発想の原点になっている人で

物事の客観的な評価 何が正義かの判断ができなくなり
権力者の力が衰えると 直ちに見捨てられる

うーん 手厳しいですね!(笑)



で 忖度がはびこる組織

一般社会から隔離された世界で
なかでの競争が激しく
懲罰 異動などの不安や恐怖に常にさらされている

そんな環境で 忖度出来る人は
常に 成功や出世への野心と
地位を失うことへの不安や恐怖を抱えているので
ついつい 得意の忖度に磨きをかけてしまう


また そのような組織では
上層部が忖度出来る人を上手く使いこなす

はっきりとした言質を与えず 具体的に指示するような野暮なことはせず
曖昧に言って 部下に忖度させるように仕向ける

お~ 重要なことを具体的に指示するのは 野暮なのですね!(笑)

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さて ここで “空気” というコンセプトが登場します

忖度出来る人は そうした社内の“空気”を敏感に感じることができ
なおかつ それに疑問を感じず
“空気”が導くままに 半ば無意識のうちに自己統制できるので

組織のなかで 偉くなっていける!(笑)

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でも それは
組織内で 社会からかけ離れた判断が横行していくことでもあり

さんざん話題になった大企業での数々の不正は
こうした忖度にまみれた組織が故に 行われてきたのではないかと
著者は推測されています


<なぜ 忖度するのか?>

何といっても 自己防衛のため

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まわりに波風を立てたくない
権力者に気に入られたい 嫌われたくない 怒らせたくない

そうした思いから 無意識のうちに相手の顔色をうかがい
相手が何を望んでいるか察知し 先回りしてそれを満たそうとする

そして 他人の評価や評判に過敏に反応してしまう


一方で 忖度への見返りへの期待もあるけれど
忖度しても報われないことも多々あることも現実

そこが 人生の不条理な点でしょうか?(笑)


また 見返りの期待よりも本能的なのが 承認欲求

子どもの頃は 他人に誉められたいから忖度して
そして 忖度できる子は 良い子 気が利く子と 誉められる

大人になると 他人に認められたい 評価されたいから忖度して
そして 忖度できる大人は 忖度社会では出世していく

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でも そうした人たちは

他者の欲望を満たそうとするあまり
自分が何をしたいのかわからなくなり
アイデンティティーの危機に陥るリスクがある

また 忖度疲れにも陥ってしまう

周囲に対する対他配慮性が優れている人は
気配りが出来て 他からの評価が高いが そのせいで疲れてしまうことが多い


対他配慮性は 社会生活を送るうえで不可欠で
それがないと 自分勝手で傲慢な人間になりやすいけれど
その原動力が承認要求だけだと 自分を失ってしまうリスクがある

なるほど


*忖度とは何か?

*なぜ忖度するのか?


*忖度出来る人は どんな人か?


*忖度が幅を利かす組織は どんな組織か?


なんとなくイメージできた気がします


でも 忖度って 良いことなのか 悪いことなのか?
どちらなのでしょう?

この文脈だと ネガティブ感にあふれていますが
相手の気持ちを慮ること自体は 悪いことではないのでは?

読み手の皆さんは どう思われますか?

 

2018.05.04更新

世はGWの真っ盛り

八丁堀界隈は
車の通行量も人影も少なく 閑散としています


出不精な書き手 人混みが苦手な糖尿病専門医さんは
どこかに旅行に行くでもなく
家でのんびりとした時間を過ごしていましたが

あまりどこにも行かないのもどうか? ということで
例によって 近場に出かけることになりました


メトロの銀座線の三越前駅で降りて 三越本店に入ると

地下の入口で さっそく こんな大きなオブジェがお出迎え!

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そう 三越のGWは ねこまつり!

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確か去年のGWも 三越のねこまつりに行き
その模様を ブログで報告しましたね(笑)


で 糖尿病専門医さんが ネットで予習されて

三越のシンボルでもあるライオン像が  ネコになっている

との情報を仕入れられていたので


地下で店員さんに聞いてみると

うーん まあ ライオンもネコ科ですからねぇ

という 期待に反した そっけないお返事が返ってきました


えーっ ということで
地上に昇って 本館入口のライオン像を見に行くと

確かにライオンはネコになっていません

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なんか 間違えた情報を見たのではないの?
と 糖尿病専門医さんに聞くと

いたくご不満そうな表情をされています


まあ 気を取り直して
お目当ての 岩合さんの写真展  を観に行きましょう!

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去年も岩合さんの写真展をやっていて テーマは京都のネコでしたが

今年は 世界のネコ歩き!

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NHKでよく放送しているシリーズですね!


こんな可愛らしい 世界各国のネコの写真が  たくさん展示されていましたが

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書き手がいちばん気に入ったのは なんといってもコレ!

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リオのコパカバーナの海岸で
大胆なポーズで まったりとくつろぐネコさん

写真展に出展されていた オリジナル写真では

パラソルの下のデッキチェアに
コパカバーナでよく見る 極端に面積の少ないビキニを着たお姉さんの隣で
このポーズで 寝られていました!(笑)

ビキニのお姉さんも霞んでしまうくらいの 強烈なインパクト!


このネコさん ビーチだけでなく街中でも
こんな大胆なポーズで お休みになっているようです(笑)

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写真店の外では ねこグッズの販売コーナーが大賑わい!

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書き手も 大人買い しちゃいましたよ!(笑)

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サイン会もされていて
岩合さんは ひとりひとりのお客さんに サインをして 握手までして
とても丁寧に対応されていました

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店内では 他のフロアでも
こんな素敵なネコをモチーフにした服が売られていたり

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ショーウインドウでは
ネコ耳カチューシャ ネコ鼻化粧をした俳優さんによる寸劇が行われ

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その隣には 楓にそっくりの
帽子をかぶった おすまネコさんがいました(笑)

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で 向かいのコレド室町で食事をして
暗くなった三越前を 歩いて家に帰ろうとして 新館前を通ったら

なんと 糖尿病専門医さんが話していた
ライオンにそっくりのポーズをしたネコさんが おられました!

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あー 良かった!
私の勘違いじゃなかった!

糖尿病専門医さんは こちらがびっくりするくらい
妙に安心されていましたが

地下で ライオンもネコ科ですから と言われていた店員さん
ご自分のお店のイベントについて ちょっと勉強不足ですよ!(笑)


帰り道 老舗の和菓子屋さんの前を通ったら

端午の節句の和菓子が  ディスプレイされていました

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そうか 明日は 鯉のぼりの日ですね!

都心の空にたなびく鯉さんを  見ることが出来るかな?



2018.04.02更新

高橋の由来の続きですが

天皇の料理番 説 もあります

日本書紀に「神に酒を捧げる者」として登場する
磐鹿六雁命(いわかろくかりのみこと)さんは 古代豪族の高橋氏のルーツで
奈良時代から 代々 天皇家の料理番をされていました

おそらくこれが 上述した天皇から賜った位である姓 のルーツなのでしょう


天皇に食べていただく 鶴や鯉などを料理していたそうで
包丁式と呼ばれる 天皇のために食材を清める儀式は
江戸時代の終わりまで 宮中で 高橋家が取り仕切っていたそうです

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昔は 鯛でなく 鯉が最高級魚だったのですね
髭があるので龍になると言われ最高級の魚だった という理由が面白い!(笑)

それに 鶴を食べていたのですね!
美味しかったのかな?


一方 神職 説 もあり

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歴史が古い名字で 神主・神職に就いている人が多く
有名な社家は越後弥彦大宮司家の高橋氏で

神職に就いた高橋氏は 北関東や東北に多いそうです

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神様の一番の家来 末裔が 高橋 と言われているとか



古来の文字を研究されている専門家によると

高橋 というのは
シンプル過ぎない凝ったデザインで
かくかくした印象もあるけれど きれいで崇高な感じ

口 が3個も出てくるのが特徴ですが
古来 口 は神への願いを込めた箱を象徴していて

3000年前の漢字のルーツ 甲骨文字では

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高 は 城門の前に 神への願いを込める箱が置かれた模様
橋 は 城門で 人々が踊り お祓いを捧げている模様

を 表していたそうで

いわば スーパーパワースポット名字 といえるとのこと

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ホント?(笑)


ということで

天皇や神さまとのつながりが示唆されている高橋という苗字を
誇りに思っている人が多く

江戸時代は 転居などで苗字を変えることが多かったそうですが
高橋性を変える人はいなかったとのこと


また 庶民の憧れでもあったため
明治時代に平民も苗字をつけるようになったとき
高橋を名乗った人が多かったそうで

そんな理由で 日本全国にこれだけ多くの高橋さんが増えていったようです


自分の苗字のルーツなんて 考えたこともありませんでしたが
こんな風に持ち上げられると なんとなく悪い気にしません(笑)

由緒正しい高橋の名を汚さぬように 日々 精進していきたいです?



ちなみに 苗字が高橋に変わった糖尿病専門医さんが
高橋 について一番感じられおられることは

画数が多くて 書くのが面倒くさい! だそうです(笑)

確かに 画数は多いね(苦笑)

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さて 十把一絡げの苗字にも 利点はあります

それは あまりに多い苗字なので
ある程度親しくなると まわりから姓で呼ばれることが少ないこと

書き手は 小学校時代から現在に至るまで
学校や職場で 高橋 と呼ばれることはほとんどなく
ずっとファーストネームで呼ばれています

ファーストネームで呼んでもらうって なんとなく良いのですよ

とても個人的な 高橋の恩恵です(笑)



2018.03.30更新

高橋という苗字は とても多いです

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糖尿病専門医さんは 書き手と結婚した当初
十把一絡げの名前になってしまった 
と嘆いておられました(苦笑)


で 先日 NHKの 人名探究バラエテイー 日本人のおなまえっ!
という番組で 高橋 のルーツ探しをやっていて

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正直言って 人さまの苗字には興味がありませんが(苦笑)
自分の苗字には興味があるので ついつい見てしまいました(笑)


で 高橋さん

なんと全国第3位の多さで 145万人もおられるそうです

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ちなみに 

1位は佐藤さんで200万人
2位は鈴木さんで175万人
4位は田中さんで135万人 
5位は渡辺さんで115万人

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学生時代に 日本人の名前 的な本を読んだときは
5位か6位で 田中さんや渡辺さんの順位が上だった記憶がありますが
あの頃より増えたのかな?



さて 苗字 と  と  は 厳密には異なっていて

*苗字 は基本的には好きなものを自由につけるもので
 主に生地に関係したもの

*氏は 血縁関係にある一族を示すもの

*姓は 天皇から賜った地位を示すもの

だそうで


高橋に関しては

*苗字をルーツにするもの

*天皇から賜った位である姓をルーツにするもの

の二つが存在し


佐藤さんも 鈴木さんも
好きなものを勝手につけられるという苗字を起源にしているのと
若干異なるそうです


また
高橋は 全国に分布が広まっている が特徴で

佐藤さんや鈴木さんが東日本に偏っているのとも対照的とのこと

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さて そのルーツは諸説あって

読んで字のごとく 高い橋 がルーツ のひとつだそうです

平安時代に起源が遡れる奈良市の髙橋神社
高橋のルーツと言われていますが

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大安寺 薬師寺という 平城京の2大神社の中間に位置する場所にあり
高貴な人々の往来が多かったところですが

ここに 最先端の技術を使って作られた
特別なデザイン 装飾が施された 橋桁の高い橋があったそうです

当時 橋桁が高いのは凄い技術で ランドマークだったとのこと

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そもそも 天の神は 
祭礼の日には 天から地に続く高い梯子を使って地上に降り立って
人々のもてなしをうけたそうで

この「高い梯子」が「高梯子」となり 
「たかはし」になり「高橋」の漢字をあてた
との説もあります


また 旧漢字の 髙 (書き手も戸籍上は髙橋です)は
はしご高と呼ばれますが これは天まで通じる柱を意味しています

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そのような橋に関わる家系で 権力を持つ 地位の高い家柄だったとか


ふーん 高橋

思ってもみませんでしたが
意外にやんごとないルーツがありそうで びっくりです(笑)


続く

 

2018.03.26更新

お飲み物とか お持ちさせていただいて良かったでしょうか?

コンビニや飲食店で 若い店員さんが話す
こんな言葉遣いを聞いて ビックリすることにも慣れてきましたが(苦笑)

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あ 話しているのは 最近増えた外国人の店員さんでなく
ネイティブの日本人の若者ですよ

実は 最近流行りのこんな日本語は
奈良時代前半に使われていた「花見む」「人見む」といった日本語と
アナロジーがあるそうです


曲がり角の日本語 という岩波新書を読みました

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著者の水谷静雄さんは
長きにわたり 岩波の国語辞典を編集されてきた方です


さて どこにアナロジーがあると思われますか?

それは 主語であることを示す格助詞の「を」が省略されていること

ブログ とか、、、 といった具合に使われる
言葉のあとにつける「とか」は 副助詞と呼ばれますが

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最近の日本語では
副助詞がやたらと濫用されているのが 大きな特徴だそうです


もともと日本語には 副助詞が使われる際は 格助詞を省略する傾向があり

しかも

主語であることを示す格助詞の「が」や
目的語であることを示す格助詞の「を」は
それぞれ 平安朝 奈良朝になって 初めて日本語に登場してきたそうです

つまり 昔使われていた日本語では
格助詞で示される主語や目的語は 省略されることが多かった

だから 文頭に記したような 主語がない
花見む人見むといった言葉遣いが 奈良時代前期にされていたとのこと

そして 文脈のなかで 敢えて主語や目的語を明示しない傾向は
むしろ日本語の特徴となって その後も引き継がれます



ということで 少しフォーカスがずれて恐縮ですが
やたらと「とか」といった副助詞が乱用される現代の日本語は
奈良時代前期に先祖返りしている?

わけでは決してなくて


格を明確に規定する格助詞を抜いて
「とか」や「など」といった副助詞を濫用する

そんな日本語が跋扈している背景には


自分の言葉をなるべく曖昧にしたい 責任をとりたくない
という意識が強く存在している 

と著者は主張されます


明確に提示すると まわりから突っ込まれるのが怖いので
わざと副助詞を乱用して ぼかすような言い方をする


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そのような意識は 敬語の使い方にも強く影響していて

文頭に記したような表現が
長たらしくて変に持って回った言い方をすることが敬語になる 
と勘違いしたうえ

さらに
自分が言ったことに責任が問われることがないようにするために使われる

だから余計に 日本語の敬語は滅茶苦茶になってしまった
と著者は嘆かれます



そもそも平安 奈良の頃に
主語や目的語を明示しない格助詞抜きで言葉が成立していたのは

当時は敬語が充分に機能していたので
述語に施されている敬語の表現を見聞きさえすれば
たとえ明示されていなくても おのずと主語や目的語が推察され得た

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そこが 他の言語とは異なる日本語の大きな特徴で

そうした日本語がバックボーンにあるので
日本文化は 多くを語らなくともお互いに相手の意図を察して通じてしまう
語り手よりも聞き手の能力が問われる ハイコンテクスト文化を形成してきた

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これって ある意味で格好良い 今風に言うとクール! 

と書き手は思うのですが

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ところが 責任回避主義にのっとられた

やたら丁寧だが中身のない敬語

責任 言葉尻をとられないようにするための
格助詞抜きで副助詞が乱用される表現

が跋扈する


何でもずらして おぼめかして言う

問い詰められたときに 自分に責任がかぶらないような言い方をする

責任をとりたくないから 断定する言い方を極力避ける

そして 過剰にへりくだる

今の日本語は まさにそんな状態だというのです
そんな日本語では なにも伝えることができなくなってしまう

著者の悩みは深いです


なるほどねえ

断定を避け 責任回避に尽くす

そんな表現が巷に溢れているのは
それだけ今の世の中が 窮屈で生きづらい証しかもしれません

自分でも 知らぬ間にそうした日本語を使っていないか
気をつけなければいけないと思いました

まあ はっきり言わない ということは
ある意味では 刺々しくなくて良いことかもしれませんが
確かにまどろっこしい感じもします

あ また ~~な感じ なんて ぼやかした表現をしている!(苦笑)

 

 

 

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