左利き肝臓専門医ブログ

2016.01.21更新

生まれて初めて参加したサイン会の続きです

古井さんは執筆中の葛藤について語り始めました

「書いていると 自分離れしてくる というか
 自分とは違うところから 声が聞こえてくることがある

 そして大抵の場合は その声に従った方が面白いことが多い
 声が聞こえないときは 聞こえてくるまで待つのですよ」

作家がものを書かれるときは そんな感じなのか
まさに 言葉を紡ぎ出す という作業なのでしょうか?

なんとなく理解できるような気もするけれど
でも 実感することはできません、、、


「自分のことは 自分がいちばんわからない
 自分のなかには 自分が知らない色々な自分がいるのですよ」

うーん 精神病理の世界とクロスするような、、、

でも 芸術家はそうなのでしょうね

こういう非日常的なわけのわからない話は たまに聞くと面白いです(苦笑)

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さらに古井さんは こんなことも語られます

「表現者というものは 
 感じたもののダイレクトな表現を貫くべきか 
 それとも 感じたものを解釈してから表現するべきか

 どちらの立場に立てばいいのだろうと思うのですよ」

そりゃ 解釈なんかしてはダメですよ 文学なのだから
いや 解釈することこそ 文学でしょう?

そんなことを思いながら聞いていると 頭の中がこんがらがってきます(苦笑)

インスパイアされた気持ちを ナマで出すか 料理して出すか
どちらがいいのでしょうね?


又吉さんが 匂いに関する話題を振ると 古井さんはこう反応しました

「視覚というものは 
 最初から能動的に対象に働きかけてしまうので面白くない

 それに対して 聴覚や嗅覚は
 向こうからやってくるものを感じる受身なものなので

 忘れられないし興味深い」

「私は空襲のときの匂いを 恐怖の匂いとして憶えている
 けれど 今でもときどきその匂いが甦ることがある
 世の中には 見えない形の恐怖が潜在しているのかもしれません」

こんなことを ニコニコと笑いながら語られるのですよ

全く 浮世離れというか 非日常の極みというか(笑)


でも 書き手には 
古井さんが語られた「視覚と聴覚の差異」に関するニュアンスは 
なんとなくうなずけるところがあって
心の中でニタニタしながら頷いているところもありました

なんだかちょっと 危ない世界ですね(苦笑)


古井さんが又吉さんに気を使われて
舞台で演じることと文学を書くことの共通性の話題を振ります

「どこからどういう自分が出てくるかわからないから面白い」

「思い通りにうまくいかないとき なんらかの破れがあるときの方が 
 結果としてはいちばん面白くなる
 筋書き通りに運んでしまうと 結局はつまらなくなってしまう」

そうね 確かに文学は “破れ” があった方が面白いかもしれません

というか 
そういうことを意図して語ろうとするのが 文学なのかなとも思います

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トークショーの最後は 作家らしく言葉に関する拘りの話が展開されました

又吉さんが
「古井さんの文学で好きな理由は
 文章が説明をしていなくて 雰囲気を感じさせるから」
と語られましたが

それに対する古井さんの回答が予想外で面白くて

「それは 僕が叙述が下手だからです
 だから感覚的な文章になるし 詩の方向に流れてしまう
 叙述力のある人がうらやましくて」

なるほどねえ 

でも そこが古井文学の魅力じゃないの? と思って聞いていたら
古井さん こう続けました

「言葉というものは それ自体が矛盾を嫌うものなのですよ
 だから 言葉で表現するのは難しい
 それが故に 感覚的なことは頭で書いていてはダメで 
 体で書かないとうまくいかない」

うーん わかるような わからないような

情を理で表現することは難しい ということでしょうか?
でも 文学の表現手段は 言葉しかないわけだし

そこが 文学者の葛藤なのでしょうか?

頭でなく体で書く  うーん、、、

書き手は古井さんの語りを聞いて 考え込んでしまいました


でも 最後に古井さんの世界の真骨頂を見せていただき気がして
なんとなく心地よかったです


トークショーが終わり 又吉さんが退場されて 
古井さんのサイン会になりました

又吉さんのファンが多いのかなと思っていましたが
ほぼ全員がサイン会に残っていたのでびっくり

前の席に座っている方から順番だったので
後ろの方に座っていた書き手は小一時間待つことになりましたが
待っている間 古井さんが語られたことを思いかえして 
ひとりでなんとなく頷いていました(笑)

100人近くサインされてお疲れ気味の古井さん

サインをしていただいたときに
「100歳まで書き続けてください」とお声をお掛けしたら
「そりゃムリでしょう」 と笑って答えてくださいました

でも 古井文学信者としては
100歳の古井文学の世界 是非とも堪能したいです!

どんなふうに
 人と人との関係を 表現されるのかな?


生まれて初めてのサイン本 大切に持って帰りました

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2回にわたり かなりオタクな 意味不明な話題にお付き合いいただき恐縮です 
どうも失礼致しました(苦笑)

でもね 文学って大切だと思うのですよ

そうえいば 最近 あまり文学を読んでいないなあ

あ 春琴抄を読み直したか(笑)



2016.01.20更新

去年の夏の話題で恐縮ですが

生まれて初めて サイン会なるものに参加してきました!

AKBの握手会ではありませんよ!(笑)

ちょっと立ち寄った八重洲ブックセンターで 目にとまったこの広告

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定員100人と記されていたので大丈夫かなと思い問い合わせたら
まだ空きがあったのですぐに申し込んだ次第です

書き手がいくらミーハーだからと言って 
芥川賞をとられた又吉直樹さんに興味があったわけではありません

申し訳ないですが 又吉さんを芸人としてTVで拝見したこともないし
火花も読んでいません

書き手を生れて初めてのサイン会にいざなったのは 古井由吉 さんです

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まだ多感だった中学生の頃 
古井さんの芥川賞受賞作の杳子(ようこ)」を読んで
とても大きな衝撃を受けて 古井さんが描く不思議な世界に迷いこみ
それ以来ずっと古井文学のファンです

かなり重くてコアな作品を書かれる作家さんなので 
ご存じない方の方が多いでしょうか?

決して万人受けする内容でもないし 
読んで楽しくなったり愉快になったりするわけでもない
むしろ逆に 重苦しい気分になったり 考えさせられたりすることの方が多い

でも個人的には そういうのも文学の楽しみのひとつだと思っています


どうやら対談相手の又吉さんも古井文学ファンのようで
最近の杳子の文庫本の腰巻には 又吉さんの写真が出ていました

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仕事を終えてから会場に向かったので 後方の席しか空いていませんでした

こういう機会は初めてだったので 
どんな客層の方が来られるのか興味がありましたが
意外に若い人が多く 女性が半分以上 平均年齢は40歳を越えているかな?

そして定刻通り 古井さんと又吉さんが登壇して トークショーが始まりました


古井さんは80歳を越えられたのかな?
それなりの年齢を感じさせる風貌ですが 
柔和な笑顔で とても自然体です

又吉さんは 真面目な好青年という雰囲気
TVなどでのお笑いの場での彼の姿を見たことがないので
普段とギャップがあるかはわかりませんが
“お笑い芸人”という雰囲気は全くありません


ふたりのトークは 季節に関する話題から始まりました

「今年の夏は暑かったですね」 と又吉さん

「でも 夏は暑くないと 夏のことはうまく書けない
 冬に夏のことを書こうとしたりすると うまくいかないからね」
古井さんはそう答えて そして続けます

「季節の移ろいが 文章を書く気持ちをインスパイアしてくれるから
 四季があることは文学にとってとても大切なことです」

「若い頃は そのエネルギーと衝突するから春は苦手だったね
 そういえば男女が分かれるには 冬がいちばんイイよ」

ポツポツと語る古井さん

そうだよね 四季の移ろいは大切だよね と思いながら聴き入ります

そういえば 古井さんはどこかで
「移ろい」であって「変化」ではない と書かれていました

どうでもいいことかもしれませんが 
こういう語感にこだわるのは 大切なことだと思います


やはり又吉さんは 昔からの古井文学ファンだったそうで
古井さんの新作の「雨の裾」を読んだ感想を語り始めます

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「今の自分と過去の自分が混在しているような書き方が とても印象的でした」

それを受けて古井さんは こんな風に語ります

「歳をとると あらゆる年代の自分が同居できるようになる
 若い頃の自分や 中年の頃の自分が 今の自分の中にまだいることに気がつく
 来世が見えてくることもある」

「今の自分よりも 若い頃の自分の方が賢い判断をしていたことに気がついて
 驚いたりすることもあるのですよ」

ちょっと意味不明なところもあるけれど でも面白い

これこそまさに 古井さんの文学の世界だなあ と思いながら
前かがみになって 話を聴いていきました

長くなるので つづく



 

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