左利き肝臓専門医ブログ

2017.09.15更新

パウル・クレーの話を続けますが

彼は 音楽と絵画 の両方に強く惹かれていて
音楽の分野で用いられている ポリフォニー というコンセプトを
絵画にも導入しようとしました

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ポリフォニー って なんだ?

ポリフォニーとは もともとは音楽用語で

全く異なる旋律を歌う複数の声が 同時に進行し
それら複数のパートが互いに影響しあうことによって
協和したひとつの曲を形成する

18世紀に生まれた そのような音楽形式を指します


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中世の教会音楽でよく用いられた技法のようで
教会全体を共鳴させるような響きわたる宗教音楽の音響効果は
ポリフォニーに依るところが大きいと言われています

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この技法のポイントは 

複数の異なる動きの音による構成で
それぞれが勝手に自己主張をしながら
その混沌の中で なにか予定調和的なものを創造する

それが 聞く人の心の琴線にうったえるのかもしれません



さて クレーは

自立した複数の主題が同時に存在するのは 音楽に限ったことではない

と語り


最初は 水彩画で透明な色層を重ねていく画法

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やがて 点描と太い線による区切りを用いて
画面の多声性を構成する画法を駆使することにより

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絵画におけるポリフォニー表現を試みたそうです


前回のブログ
こうした画法により 時間の流れを表現しようとしたのではないか
と推測しましたが

展覧会で購入した本を読むと 彼が表現したかったのは

「時間の流れ」 ではなく 「過去と現在の同時性」 だったようです


なるほどです

経時的な流れの中で立ち止まる のではなく
タイムワープするような感覚 意識を 表現したかったのでしょうか?


そして 絵画におけるポリフォニー表現で最も重要なもの

それこそ まさに色彩!

クレー 奥が深いです!

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もうひとつ忘れてならないのが 運動というコンセプト

ポリフォニーで表現したいことのひとつは
世の流れを表す 運動 なのでしょう



複数の主題の同時多発性と相互作用

全体の流れとしての運動


クレーが表現しようとした このようなコンセプトが妙に気にかかるのは

現代社会や科学の主流である 分析主義的なパラダイムに
行き詰まり感を憶えているからかもしれません


書き手のブログでは
度々 木を見て森を見ず という表現が出てきますが

大学で研究をしていた頃も
いつも 分析主義的なパラダイムには疑問を持っていましたし

今 ブログを書きながら 世の中の色々なことについて考えるときも
それは変わりません


分析的なスタンスや手技は 慣れると意外に簡単で
ある意味で 何の疑問もなくその世界に没頭することが出来ます

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一方で

世の中で起こっているさまざまな事象を
包括的に解析したり 俯瞰的に見ることは
想うのは簡単ですが 実際にはなかなか困難です

だけど それをやらないと 根本的な理解はできないのかもしれない


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クレーの作風を詳しく学んで ふと そんな思いを再認識した次第です


そんなこと AIなら簡単にできるのかな?(笑)



2017.09.11更新

パウル・クレー

書き手が若い頃に彼の作品を見て感銘を受けた ご贔屓な画家のひとりです

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ずいぶん前のことですが
竹橋の国立近代美術館で 大々的なクレーの企画展が開かれ 見に行きました

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国立近代美術館
上野の国立西洋美術館や 六本木の国立新美術館に比べると
落ち着いた感じがして とてもお気に入りです

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週末に午後8時まで開いているときは それほど混んでいないので
のんびりと好みの絵画を鑑賞できて 幸せな気分になれます


で あの時のクレー展は

クレーという画家が いかにして絵画表現を創り上げて行ったかに迫る

という明確なコンセプトが貫かれた構成だったので

今まで知ることがなかった クレーの創作過程の一面を知ることができて
とても印象の残る展覧会でした

キュレーターや編集者の存在意義というのは とても大きいと思います


クレーの作品を特徴づけるのは 線と色

画家の仕事というのは
見えているものを 単に描写することではなく
見えていないものを 描き出すことである

クレーの創作に対する姿勢は
彼が語ったそのひとことで 充分に語り尽くしているでしょう


初期の彼の作品では
線のみによって ものごとの本質を抉りだそうとしていて

そうした作品はとても見事で 観る者の琴線にうったえかけるものがあります

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線の本質を運動ととらえ
線の運動こそが 目に見えないものを描き出すことができるという考えは

とても斬新で とても印象深く感じます

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ただ 線だけでも充分に美しいのですが
やはり世の中 何かにつけて 色もないと、、(苦笑)


線のみでものごとの本質を抉りだす域に達したクレーは

チュニジア旅行で色彩に目覚め
その作風を大きく発展させることになります

クレーの作品を特徴づけているもうひとつの特徴は
やはり美しい色遣いでしょう

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個人的に好きなのは 色の展開というか グラディエーションです

線の本質を運動であると捉えていたクレーは

おそらく
色彩の本質も 運動や展開だと考えていたのではないでしょうか?

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水彩の塗り重ねによってグラディエーションを表現することにより
二次元的で静止した画面構成に
光のうつろいとか 時間の流れとか
そうしたものを表現しようとしていたのではないかなと思っています

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そして そうした「色」の展開による表現をより効果的にするのが
実は出発点の「線」にほかならない

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線だけでは物足りないし 色だけでも表現しきれない
色は大切だけれど それだけではダメだよ

ということで クレーの作品がインスパイアしてくれることは
絵画だけでなく 人の生き方にも共通する 意外に奥が深いものでしょうか?

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ところで こんな作品もあるということは
うーん クレーもネコ派だったのかな?(笑)



2017.05.15更新

実は エロオヤジ?

えっ クラーナハのことですよ
書き手のことでは ありませんからね(笑)


回顧展の最後の方に

女のちから 女のたくらみ

というタイトルのコーナーがありました


なんだか すごいタイトルですね(笑)


女のちから 女のたくらみ というのは

クラーナハが生涯 描き続けたテーマで
ドイツ美術では このテーマが描かれることが多いのだそうです

女性の身体的魅力 性的誘惑によって 男が堕落して破滅に至る

うひゃー 大人の世界ですね!


このコーナーで展示されていたのが

英雄ヘラクレスが 女王オンファレにより骨抜きにされ
だらしないデレデレ顔で 女性に取り囲まれているこの作品

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この作品は 女のちからを如実に表現しているのですが

ヘラクレスと距離をおいて 背後の右端に立つ女王オンファレの
見る者を挑発するかのような視線が ポイントなのだそうで

女性の 絵画を見る者を見つめるような ちょっとあやしげな視線が
見る者の欲情を刺激するよう 意図的に描いている

というのです

うーん そんなこと 少なくとも意識下では感じたことはなかったけれど
無意識下では 感じていたのかしらん?(笑)



そして 年老いた男性が 若い美しい豊満な女性を抱き寄せて
うっとりと見つめている「不釣り合いなカップル」

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ジジイの目線がデレデレなのに 女性の目線はとても冷めていて
そのコントラストが 世の中の哀愁を感じさせますが

この絵も 女のたくらみ を表現しているのかもしれません


そして面白かったのが
テレビ番組の ぶらぶら美術・博物館のクラーナハ特番で
コメンテーターの おぎ・やはぎ さんが こんな指摘をしたのですよ

これ 自画像じゃないの?

笑えました!


前回ご紹介したように クラーナハ自身が
画家兼実業家として成功をおさめ 経済的に裕福でもありましたし 

それに加えて 女性が大好きで
自分の理想とする裸体画を描き続けていたオヤジなわけですから

確かに デレッと若い女性を抱き寄せる裕福なオヤジは
クラーナハ自身かもしれません?(笑)


クラーナハ 後世 この作品がそんな評価を受けるなんて
思ってもみなかったかな?(笑)



そして 女のちから 女のたくらみ を締めくくる作品が

この  ユデイット

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いやー この絵は美しかったです!

この回顧展のために
ウイーン美術史美術館での3年間の修復 クリーニングを経たあとで

ビックリする 思わず息を呑むほどの美しさで
作品の前でしばらく動けませんでした


ユデイットがホロフェルネスを誘惑して その首をとってしまう
という かなりショッキングなモチーフな作品なのですが

ホントに美しいのですよ、、、


ユデイットは どちらかというと無表情で
一方 首を切られたホロフェルネスは 恍惚とした表情にも見える

このコントラストが すごい

男を誘惑して滅ぼしてしまう運命の女 ファムファタールの手にかかると
男は最後に こんな表情を示してしまうのでしょうか?

男って せつないですよね?(苦笑)


テレビ番組の日曜美術館のクラーナハ特番では ゲストが

ユデイットの表情は 能面のような表情だ 

と評されていました

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うまい比喩だ! と思いましたね


無表情のように見えますが
でも 得体の知れない妖しさが にじみ出ている


同番組の女性アナウンサーは
女性から見ると 力強さ 心地よさを感じる 
と述べられていて

えーっ そうなの?

女のちから 女のたくらみ って ホント 奥が深いな!
と 書き手はしみじみ思ったわけですよ(苦笑)



ということで クラーナハの回顧展 充分に楽しむことができました

これまでは
変わったヌードを描く画家といったイメージしかありませんでしたが

画家だけでなく実業家としても成功する一方で
ちょっと変態オヤジっぽいエロオヤジでもあった彼の人となりが知れて
とても面白かったです



2017.05.12更新

前回 クラーナハは 独自の興味の対象に走ったと紹介しましたが

それは なんと 女性のヌード画だったのです!


確かにクラーナハというと
あの独特の表情 特異なプロポーションの裸婦画を
すぐに思い浮かべます

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クラーナハは
アルプス以北で 初めて神話主題の裸婦画を描いた画家でしたが

彼が描く裸婦画は

イタリアルネッサンスの画家達が描いた
豊満で優しくて 見る者を穏やかな気分にさせる裸婦とは
全く異なります

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ティチアーノの名作 ウルビーノのヴィーナスと比べると
その差が歴然です

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で ちょうど ぶらぶら美術・博物館 日曜美術館といった
テレビの美術番組でもクラーナハ展を特集していたので見ましたが

クラーナハのヌード画について

*エロい リアル 生々しい あやしい
*プロポーションを故意にゆがめて 身体をより俗っぽく描いている
*ネックレスなどのアクセサリーをまとっているのが より生々しく感じさせる
*シースルーの衣装をまとっているのが よりエロティシズムを彷彿させる
*同時代の普通の女性が脱いでいるような雰囲気がある
*きわどく 挑発的な画風で 見る者の心をざわつかせる危なさがある
*小悪魔的でありながら 気品があり 処女的な清楚さに溢れている

といった指摘がされていました


エロい あやしい、、、


なるほど 純粋無垢だった(?)高校生の頃の書き手に
クラーナハの裸婦画が 強いインパクトを与えたのは
そうした理由によるものだったのですね


また

*敢えて 写実的に描こうとしていない
*自分の美意識 感覚で 女性の理想像として描いている
*女好きが描いた しっとりと抜けるような肌の輝きがある

という指摘もありました

実際にモデルさんは このポーズを長時間キープできないそうで

クラーナハが モデルさんを見て写実的に描いたのではなく
自分の頭のなかにある裸婦像を描いていたことが 示唆されます

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まさに 自分の理想とする裸婦画を 極めていったのですね



でも クラーナハは
どうしてこうした裸婦画を たくさん描くようになったのでしょう?

なんとそこには 裸体画の需要が増した時代的背景があったのです


クラーナハが活躍した時代のドイツでは
ルターらにより宗教改革が盛んに行われていた時期でしたが

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その宗教改革により カトリックで需要が多かった宗教画の注文が減り

一方 宗教改革により禁欲性がさらに重視されたため
その抑圧の反動で プライベート所有の裸体画の人気が出始めたのです

そうした時代背景を敏感に読み取り
クラーナハは ドイツで初めてヌードを描き

しかも イタリアのヌード画と異なる
独自のオリジナルなヌード画風を確立し

それを量産し そして 飛ぶように売れた


これって
個人の趣味が たまたま時代の要請に見事に合った 
ということ?(笑)



ちなみに クラーナハは

同じビッテンブルグの街で活躍した
宗教改革運動を率いたルターの よき理解者であり協力者でした

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ルターの肖像画を何枚も描き
その肖像画により ルターの存在を社会に知れ渡らせることで
宗教改革の促進に貢献し

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妻の肖像画も合わせて描くことで
聖職者でも結婚できるという
プロテスタントの価値観の宣伝もなされました

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また ルターがドイツ語に翻訳した聖書の挿絵も
クラーナハが描きましたし

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サイドビジネスで行っていた印刷業により
聖書の印刷も行って 聖書の社会への広がりに貢献したのです


クラーナハがいなかったら
ルターの宗教改革も 上手くいかなかったかもしれません


その一方で

宗教改革により過度に禁欲的となった社会の
アンダーグラウンドな要求をとらえて
趣味の裸婦画の大量制作を行い しっかりと儲けていた


うーん クラーナハ 本当にしたたかですなあ、、、



2017.05.03更新

クラーナハの回顧展

いつものように イヤホンガイドを借りて 会場に入ります

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まず初めに クラーナハの人となりが紹介されます


16世紀 ドイツ・ルネサンス絵画の巨匠として活躍した彼は

ウイーンで頭角を現し始めた頃に
ザクセン公国のフリードリヒ賢明王にその才能を見初められ
お抱え宮廷画家として 公国の都ヴィッテンベルクで50年以上活躍します


当初は 注文された多くの肖像画を描いていたようですが

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人物の特徴をつかむのが上手く
緻密 細密な画風で 細部にこだわるリアルな描写に長けていました

そして 筆が速い 作品を仕上げるのが とても早かったそうです


こうしたリアルな描写力は 北方ルネサンスの画家の特徴で

まるで写真に写したように
細部まで緻密に描いていくのですよ

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これは イタリアルネサンスにはない特徴的な画風で

絵そのものの上手さという点では
北方ルネサンスはイタリアルネサンスをはるかに凌駕していたことが
実感できます


ちなみに 細部の緻密な描写という点では
ドイツ・ルネサンスを代表するもうひとりの画家
アルブレヒト・デューラーの方が クラーナハをはるかに上回ります

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書き手は 初めてデューラーのデッサンを見たとき
あまりの精密さに度肝を抜かしました

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デューラーとクラーナハは デューラーの方が1歳年上で
ともにドイツ・ルネサンスを背負った画家ですが

個人的には
デューラーは優等生 クラーナハは奔放 という印象があります


実際に デユーラーはキリストの受難を描くことを大きなモチーフとし
ドイツ・ルネサンスの伝統に沿った画風で邁進しましたが
クラーナハはその道から外れ 別の興味の対象を追ったとされています


その別の興味の対象が こりゃまたスゴイのですが

その話はまたあとですることとして(笑)


今回の回顧展でも 折に触れデューラーの作品も展示され
クラーナハとの比較対象がなされるような試みがなされ
とても興味深かったのですが

書き手はこれまで
どちらかというとデューラーの方が好きだったのですが
今回の回顧展を見て クラーナハへの興味が優るようになりました


回顧展で買ったこの本 まだ積読状態ですが(苦笑)
ふたりの画家の違いについて 詳しく勉強してみたいと思います

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さて クラーナハには 単なる画家とは異なる側面がありました

彼は 画家としては
自ら大きな工房を開き 多くの画家を雇い 分業体制で制作に励み
多くの注文に応じて 絵画を大量生産したそうです

その工房は 息子が引き継ぎました

まるで ルーベンスの先駆けのような存在だったのですね


で そうした画家としての日常業務をこなす傍らで
実業家としても大成功して

市長を3回務め
印刷所 薬局 書店など 手広くビジネスを展開し
なんと 町で1番の土地持ちにして 2番目の金持ちだったそうです

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クラーナハが活躍した ヴィッテンベルクの街

彼はこの街の 顔役だったのですね


そうだったのか~

画家というと なんとなく求道者的なイメージを持つので
ちょっとびっくりしましたが

でも これから紹介する クラーナハの人となりを考えると
なんとなく ビジネスマンとして成功したのも
うなずけるような気もします


さて どんな人となり なのでしょう?

次回のお楽しみ!(笑)



2017.05.02更新

昨秋の 古い話で申し訳ありませんが
上野の国立西洋美術館に クラーナハの回顧展を見に行きました

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クラーナハ展 500年後の誘惑


なんとも 思わせぶりなタイトルですね(笑)


ルカス・クラーナハ

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ご存知ない方も多いかと思いますが

15~16世紀 イタリアで生まれた美術改革運動・ルネサンスが
アルプスを越えてドイツにも伝わってきたときに
ドイツ・ルネサンス絵画の巨匠として活躍した画家です


このヴィーナス像 どこかで見たことがある
という方も 多いのではないでしょうか?

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書き手は クラーナハの熱烈なファンというわけではありませんが

でも なんとなく気になる存在でして

実はこの回顧展は 昨年開かれた美術展の中で
いちばん楽しみにしていました


銀杏の葉が ちょうどきれいに色づいていた上野の森

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国立西洋美術館の入口には
予想に反して沢山の人々がいました

えっ 世の中には 書き手のようにクラーナハを見に来ようという
ちょっと変わった人(?:笑)がいっぱいいたの?
と驚きましたが

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実はそうではなくて

国立西洋美術館がコルビジェ建築で世界遺産に認定されて以来
美術館見学目的で来られ
ついでに常設展を見学されていかれる方が増えたそうです

クラーナハ展そのものは すごい混雑 というほどではなくて
ちょっとひと安心しました(笑)

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書き手が初めてクラーナハの絵を見たのは 高校生の頃だったかな?

画家が描く裸婦像

この とても独特でエキセントリックな画風に
非常に強いインパクトを受けたのを覚えています

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普通 絵を見て感じるのは
美しい とか 暖かな気持ちになる といった
穏やかで平和な感情が多いのですが

クラーナハの作品から感じるのは その逆というか

えっ なんだ これ?

というような どちらかというとnegativeな情動で

でも だからといって 二度と見たくない と嫌悪するわけでなく
なんとなく 気になる


その後 ヨーロッパのあちこちの街で美術館を訪れたときも
クラーナハの作品に遭遇すると
ついつい 足を止めて しばし見入ってしまう

クラーナハには そんな不思議な印象というか 感情を持っていました


でも クラーナハの作品をまとめて見る機会はなかったので
上野でクラーナハの回顧展をやると聞いて
ずっと楽しみにしていたのですよ

さて どんな世界が広がり どんな新しい発見があるのでしょうか?

結構楽しみな気持ちで 地下に降りて 回顧展の入口に向いました



2017.01.23更新

美術館の企画展の終盤 特に最終日はとても混雑することが多いので
できるだけ期間の中盤あたりに行くように心掛けていますが

この企画展に行くチャンスがなかなかなくて
今回はパスかなと思っていたのですが
やっぱり行きたくなって 最終日に混雑覚悟で出かけました

といっても もう一昨年のことになってしまいましたが

(ストックしてあるネタを順不動で公開しているので
 ときどき すごく古い時期の話題になり恐縮です:苦笑)



渋谷の文化村美術館で開催されていた ラファエル前派展

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プレ・ラファエル


19世紀中盤 
産業革命を成し遂げ 世界に冠たる覇権国として栄華を極めていた
ヴィクトリア王朝のイングランド

科学的な合理性が最も尊ばれたその時代
絵画の世界では ロイヤル・アカデミーの権威主義が全てを支配し
アカデミーが範として掲げたのは ラファエル以降の古典主義の絵画

そんなアカデミーのもったいぶった権威主義に
反旗を翻した3人の若き画家

ジョン・エヴァレット・ミレイ
ウィリアム・ホフマン・ハント
ダンテ・ゲイブリエル・ロセッテイ

彼等によって作られた結社が ラファエル前派兄弟団(P.R.B.)

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彼等は 
ラファエル以前の中世の初期ルネッサンスの画家達の
プリミティブな画風を尊び

因習的なものや自己顕示的なものを排し
自然を注意深く観察して忠実に描くことを旨としました

その後 3人の結社はあっという間に分裂しますが

ロセッテイのもとにバーン=ジョーンズウィルアム・モリスらが集い
後期ラファエル前派グループが結成され

彼等の運動は その後の時代に一世を風靡した象徴主義絵画に
多大な影響を及ぼしました


ひとことでいうと
19世紀の合理主義を好まない ロマン主義的な心情を持った若者たちによる
権威主義へのプチ反乱で

ムーブメントとしては 大きく育ったリ長続きはしなかったけれど
その後の絵画の流れに重要な影響を及ぼした というわけです


書き手は 何をかくそう 象徴主義絵画のファンなので

象徴主義の誕生に影響を及ぼしたラファエル前派だから
見逃すことはできないというか

それほど積極的に見に行きたいわけではないけれど 
かといって無視はできない

プレ・ラファエルに対しては そんな中途半端なスタンスでして(苦笑)


で 予想通り 最終日だけあってかなり混雑していましたが
客層は若い人が多くて 男女比だと女性の方が少し多いかな?

ラファエル前派のファンは そんな構成なのでしょうか?


ラファエル前派に親しみがある方は
P.R.B.の3人のどなたの画風がお好みでしょう?

ロセッテイのファンが多いのではないかな と推測していますが
個人的にはミレイの画風に魅かれます

彼のオフィーリアを初めて見たときは 
かなり感動した というか ドキッ としました!

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ミレイの画風はロセッテイのそれとは対照的で

技巧が確かで とても美しい

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特に彼が描く女性には
ロセッテイが描く このプロセルピナのような強烈な個性はないけれど

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そこはかとない 品を感じます


書き手は 若い頃はロセッテイの方が好みでしたが

今回の企画展を見て 
改めてミレイの作品の美しさを再認識しました


で 今回 いちばん気になったのが この作品

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チャールズ・エドワード・ペルジーニという 
イタリア生まれのイギリス人画家の

シャクヤクの花 という作品

きれいです

ミレイの作品に似た美しさを感じました

この画家のことは知りませんでしたが 
ディケンズの娘さんと結婚されたそうな


あと ウォーターハウスのこの作品も気に入りました

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エコーとナルキッソス

右側の 水に写った自分の姿に見とれている少年は
ナルシスト の語源になった ギリシア神話に出てくるナルキッソス

寝食を忘れて自分の美しい姿に見とれているうちに 
水仙になってしまう有名な(?:笑)少年です



で 初期ルネッサンスの画家達が描いた 
敬虔なキリスト教精神に基づいた絵画を範とした彼等ですが

なんと 私生活は敬虔とは程遠く

ミレイは ラファエル前派の擁護者となった美術評論家のラスキンの奥さんを
ラスキンと一緒に旅行しているあいだに口説いて略奪婚するし

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ロセッテイは 恋多き男として 友人関係にひびが入るほどの数々の浮名を流し

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ハントは 奥さんの妹に二股かけたりで

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うーん さすがに 芸術家は奔放?(笑)


あ 品のないオチで 申し訳ありませんでした(苦笑)




2016.12.09更新

風景画と聞いて 多くの方がパッと思い浮かぶのは
モネをはじめとする印象派の絵画かもしれません


そういえば ちょうど1年ほど前に
東京都美術館で開催されていたモネ展は 
かなりの人気だったようですが

天邪鬼な書き手は モネ展には行かず(苦笑)

風景画はどうして描かれるようになったのかな? 

なんて思いながら 
同時期に渋谷の文化村 ザ・ミュージアムで開催されていた
「風景画の誕生」展に行ってきました

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西洋美術史をかじったことがある方ならご存知と思いますが

ヨーロッパでは 15世紀くらいまでは
キリスト教にまつわるテーマが描かれた絵画がほとんどで
肖像画や風景画は描かれていませんでした

ですから それらがどのようにして描かれるようになったかは
実は何気に興味深いテーマで
だからこそこの展覧会は ひきつけられるものがありました


ということで 久し振りに渋谷に向かいました

割とマニアックな企画なので それほどお客さんは多くないかな? 
と予想していましたが 
日曜日 しかも あと1週間で終了だったためか
かなり多くの方々が見に来られていました


この展覧会は ウイーンの美術史美術館が所有する作品の中から
キュレーターさんが テーマに合った絵画を選んで持って来ていて

*中世ヨーロッパの聖書や神話を主題とした絵画で描かれた
 背景として描かれた風景を突端に

*16世紀に入り 
 四季折々の生活情景や行事などをテーマにした
 農村風景の季節画や月暦画が描かれるようになり

*さらに 風景そのものが主題となり
 理想化された牧歌的な田園風景や 郷愁を誘う廃墟の風景が描かれ

*ついに17世紀のオランダで 風景画が独立したジャンルとして確立
 理想化された田園風景でなく 
 リアルなごく身近な風景が描かれるようになり

*そして17世紀後半のオランダやイタリアで
 自然でなく都市の風景が描かれるようになった

そんな風景画の発展の歴史が 経時的に理解できる構成になっています


17世紀のオランダで
風景画が独立したジャンルとして盛んになった理由は

ちょうどオランダがスペイン・ハプスブルグから独立して
海洋国家の先駆けとして栄え始めた頃だったことと

なにより 絵画を通してキリスト教世界を人々に広めようとする方針の
カトリックが有力だったスペイン・ハプスブルグに対して

偶像礼拝を好まないプロテスタントが主流だったオランダでは
カトリック的芸術の呪縛から逃れるような意味合いも込めて
風景画が発達していった 

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という説明は
まあ とてもリーズナブルで 納得のいくものでしたが
読み手の皆さんは そんなことにはあまり興味ありませんね?(笑)


さて 書き手がこの展覧会でいちばん魅かれたのは この作品でした

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聖カタリナの殉教をモチーフにした作品ですが

パッと見たときに 画面右中央に描かれているそのシーンより
左上方に広がる青い海と島々の風景に 
とても強く惹きつけられました

この青は 素敵です!


書き手は青が大好きですが

この青には 心躍る華やかさはないし 深く沈み込むような重さもない
青という色が持つ そんな特徴はいずれも有していませんが 

妙に心が落ち着くような静寂感があり ちょっと幻想的な感じもして
見ていて飽きないのですよ


この作品を描いたのは 15世紀末から16世紀にかけて
アントワープで活躍した ワロン地方(今のベルギー南部)生まれの
ヨアヒム・パティニール

初の風景画家と呼ばれた方だそうです

現在 世界に残っている彼の作品は わずか10点余りで 
幻の画家とも言われているとか

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彼の遠近の描き方は特徴的で
近景に緑色 遠景に青色を置くことによって遠近感を出し
広々とした奥行きのある空間を表現しているそうです

暖色は前に出て見え 寒色は奥まって見えるという
「色彩遠近法」の効果を上手く利用しているのだとか

なるほど そう言われてみるとそうですね

青と緑を用いた遠近表現なんて 考えたこともなかったので
とても新鮮に感じました


この作品を見ることができて 
ヨアヒム・パティニールの存在を知ることができただけで
今回の展覧会に来た甲斐は充分にありました


農村風景の季節画や月暦画も印象的でした

なかでも ベリー侯の豪華時禱書 は 本当に豪華で美しかった

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そんなわけで 
予想していたよりはるかに楽しい時間を過ごせて 有意義な午後でした

ヨアヒム・パティニールの本が最近出版されたそうなので 
読んでみようかな


と思っていましたが 1年経っても まだ読んでいません(苦笑)



2016.07.04更新

これ 何に見えますか?

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しゃれこうべ

でも ただのしゃれこうべではありません
ネコがたくさん集まって骸骨の頭の形を作っています

江戸末期の人気浮世絵師 歌川国芳の作品です


夜の美術館の内覧会のチケットを入手したので
国貞・国芳展 に行ってきました

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国芳は 数年前のお正月に六本木ヒルズの美術館で開催された
彼の企画展に行ったことがあるので 馴染みがあります


国芳は 大のネコ好き!

制作しているときも 懐に仔猫を入れていたほどですから
作品には頻繁にネコが登場します

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ネコ好きにはたまりません(笑)


それに彼は まさに ポップアーティスト というか デザイナー

あの感覚は 現代でも充分に通用しそうですが
江戸時代にあんなセンスを持ち合わせていたなんて 驚きです!

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今回の企画展は 兄弟子の正統派浮世絵師の国貞とのコラボで
両者の特徴を対照的に見せるコンセプトだったので
余計に国芳のエンターテイメント性が際立つ感じで 面白かったです


俺たちの国芳 わたしの国貞

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企画展のこのキャッチコピーが まさに物語っているように

国貞が 粋な歌舞伎役者や緻密な美人画を得意としたのに対し

国芳は 
豪快な武者絵や意表を突くスペクタクルな構成を得意としましたが

それをもって 俺たちの わたしの と形容したのは 上手い!



書き手は勉強不足で これまで国貞には馴染みがなかったのですが
今回 彼の作品をまとめて見る機会を得て
「わたしの」の良さも認識することができました

確かに ひとりで落ち着いてじっくりと鑑賞するには
国芳より国貞の方が良いかもしれません


国貞が描く 歌舞伎役者の粋な艶姿
当時はブロマイド代わりとして 
庶民のあいだで大きな人気を博したのもうなずけます

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また 美人画や遊女の絵
殿方が奥方には内緒でこっそり購入して
ひとりで密かに眺めて楽しんでいたに違いありません?

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一方で国貞の美人画は 当時の江戸で生きる女性の
最先端のファッションやメイクや小物を丹念に描いていたため

当時の女性たちは 
今の女性がファッション雑誌やお洒落な女性誌を眺めるように
国貞が表した女性の姿を見ていたとか

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国貞の浮世絵は 老若男女を問わず 江戸の人々が
ひとりで こっそりと じっくりと楽しむものだったのでしょう



では「俺たちの」国芳は 
どうして”俺たち路線”を行くことになったのでしょう?


下衆な書き手は 
当代きっての浮世絵の大家の歌川豊国に入門し

歳まわりが10年違い兄弟子 弟弟子関係にあった 
国貞と国芳の関係が ちょっと気になります(苦笑)


プログラムに出ていた解説を読むと 

遅れて入門した国芳は
最初に取り組んだ役者絵や美人絵の分野では 
既に兄弟子の国貞が名声を得ており

師匠の豊国とのそりもうまく合わなかったことから
しばらくは 鳴かず飛ばずのくすぶった日々を過ごしていたそうです


しかし やがて豪商のパトロンを得るとともに
当時 江戸で大ブームとなった水滸伝にヒントを得て
大胆な武者絵を描くようになりましたが

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それが大ブレイクして 武者絵の国芳 との評価を得るに至り
まさに「俺たちの」国芳と評価され 

やがて 骸骨や巨大な魔物が登場する
豪快なスペクタクル浮世絵のジャンルを確立し
彼独自の世界を発展させていったそうで

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その才能は 後年 さらに戯画や風刺画の世界を充実させたのも
至極当然の流れだったのかもしれません

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なるほど 兄弟子・国貞の壁なくしては
あの国芳のびっくりワールドは 花開かなかったのですね


国貞は後に 師匠の豊国の跡を継ぎ
浮世絵界の名門一門の総帥として名を残しました

一方 国芳は 多くの弟子に囲まれて
独自の ウイットに富んだエンターテイメントの世界をさらに発展させました


国芳は国貞という兄弟子がいたおかげで
記録より記憶に残るポジションを確立することができたのかもしれません


今回の企画展を観て
国貞の良さを初めて認識することができましたが

うーん やっぱり個人的には 国芳のダイナミックさの方が好みかな


読み手の皆さんは 国貞と国芳 どちらがお好ですか?


ちなみに歌川門下では 
上述のように入門後しばらくは不遇をかこっていた国芳ですが

入門時には 同じく門下への入門を希望していた
あの広重を蹴落としていたそうで

広重はその後 国貞とも国芳とも画風が異なる
風景浮世絵の巨匠となったわけですが

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もしも入門時に国芳に蹴落とされていなかったら
広重の画風も異なっていたかもしれません

世の中 面白いものです(笑)



2015.09.03更新

多趣味無根気の書き手も 現代芸術にはあまり興味がありませんが
7月初旬のある晩 森美術館で開催されていた
「シンプルなかたち展:美はどこからくるのか」を見に行きました

sk1

美術館が夜10時までオープンしてくれているのは 
時間貧乏モノには本当に助かります

美術館に入る前に 夕暮れの東京の景色を楽しみます
梅雨空の厚い雲の隙間から 夕焼けの赤い光が少し漏れていて
ちょっとシュールな雰囲気でした (ピンボケ失礼!:苦笑)

sk2

この企画展に行きたかったのは
ポスターにも描かれているブランクーシの鳥をナマで見たかったから

現代芸術に詳しくない書き手も
西洋美術史の教科書でこの彫刻を初めて見たときは 
かなりの衝撃を感じました

tori

まさに シンプルなかたち

このブランクーシの彫刻を見に行ったようなものでしたが
こうした抽象的なコンセプトの企画展を
アレンジされたキュレーターさんに敬意を表して
まずはその意図を ガイドブックの解説から読み取ることにします

キュレーターさんが目指すのは
分野や時代を超えた普遍的なテーマとしてのシンプルな美学 
を示すこと

それは
誰もが共有し得る本質的で普遍的な価値観で
静謐かつ詩的で普遍的な美で
多様性の先に見出すべきもので
いかなる個別性も剥ぎとられ 物の本質へと還元されたかたち

装飾の横溢や官能的な奢侈を放棄することで
かえって何一つ不足を感じさせない内省的な尊厳を獲得しており
余計なものを削ぎ落とした純粋なかたちは完全である

ガイドブックに記されているこの解説 
うーん わかるような わからないような 微妙なところです(苦笑)

そして シンプルな美が示されるものは
*自然の中や 多くの国の伝統文化 民族芸術
*自然やその根底に宿る 科学的な原理や形態
*近代が産んだ産業製品の機能美 効率性 
ということで 

その分類に沿って 企画展は以下の9つのパートに分かれていました

形而上学的風景 孤高の庵 宇宙と月 
力学的なかたち 幾何学的なかたち 自然のかたち
生成のかたち 動物と人間 かたちの謎

どの分野に いちばん興味を持たれますか?


展示作品を見ていて 書き手がいちばん興味を持ったのは 
このプロペラ

pp

1912年 パリで開かれた航空ショーで
展示された飛行機のプロペラを見たマルセル・デユシャンは驚愕し

pp2

「絵画は終わった このプロペラに勝るものをいったい誰が作れるか?」
と まわりの仲間に問いかけたそうです

えーっ このプロペラを見て デユシャンはそんなことを思ったの?

書き手はそのことに 本当に驚きました

文明の利器である飛行機のプロペラには 
確かに高度に抽象化された形で 
効率性は表現されているかもしれませんが

そこに「美の本質」を見出すの、、、

芸術家の感性は 凡人にはうかがい知ることができません

確かにプロペラは 機能美を表現しているかもしれませんが
それは発明者が意識すらしなかったであろう“美しさ”で

プロペラの製作者は 
デユシャンがそう評したことに驚いたのではないでしょうか?


もう1点 驚いたのが 
その場にいたプランクーシは 
デユシャンの問いかけに答える形で
件の鳥の彫刻を作成し始めたとのことです

ブランクーシのあの彫刻が 
そうしたデユシャンの言葉にインスパイアされて生まれてきたことも 
とても印象的でした

鳥さんを見る視線に含まれるものが 
ちょっと変わったような気もします?(苦笑)


近代絵画の祖と言われるドミニク・アングル
19世紀に流行し始めた写真を「画家の生活を脅かすもの」と見做して
政府に禁止するように抗議したという話を ふと思い出しました

近代の黎明期に活躍した芸術家たちは 
色々と思い悩むことが多かったのでしょうね



美とは何なのか?

美術館を出て 東京タワーの幻想的な夜景を見ながら ビールを飲みつつ

sk2

柄にもなく ふと そんなことを思ったりしました

そんな面倒くさいこと どうでもいいですよね?(苦笑)


ちなみに 一緒に行かれた方がお気に入りだったのが この展示

skl

明暗のなかでゆらゆらと変幻自在に漂う波動は 
確かに見ていて飽きませんでした、、、


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