左利き肝臓専門医ブログ

2016.09.28更新

機能性胃腸障害の病態に 脳腸相関が深く関与していることを説明しましたが

脳と腸管の情報伝達は ホルモンやタンパク質により担われます


では 具体的にはどのようなホルモンやタンパク質が働いているのでしょう?
代表的な因子について説明します


<副腎皮質刺激ホルモン放出因子:CRF>

脳と腸の両方に豊富に存在する因子で うつや不安障害とも関連します

ストレスを感じたり 消化管刺激により 視床下部の室傍核から分泌され

CRFの刺激で 下垂体からACTHが放出され
副腎皮質から糖質コルチコイドを分泌させて 全身のストレス応答が働きます

また 自律神経の交感神経系にも働きかけて
副腎髄質からアドレナリン ノルアドレナリンを分泌させて
やはり 全身のストレス応答を作動させます


crh


CRFは 消化管には CRF-R1 R2の2種類の受容体を介して作用し

*CRF-R1に作用すると 大腸の蠕動運動が亢進 内臓知覚過敏 炎症が増悪し
*CRF-R2に作用すると 胃排出運動が低下します

crf

通常は CRF-R2シグナルは
CRF-R1シグナルに拮抗するように働きますが

過敏性腸症候群では
CRF-R1シグナルとCRF-R2シグナルのバランスが崩れていて
CRF-R1を介した作用が優位になり お腹の症状が出ると考えられます

このストレス誘発性の大腸運動亢進は CRF-R1拮抗薬で抑制されます


また CRF-R1シグナルは
後述する さまざまな消化管症状に関わるセロトニン
腸のクロム親和性細胞から遊離させる働きもあります


一方 CRFと逆の作用を示すのが
幸せホルモンと呼ばれて なにかと話題のオキシトシン
過敏性腸症候群の内臓知覚過敏を緩和します



<セロトニン・5-HT>

セロトニンは 脳で幸せを感じさせる「幸せ物質」

脳内でセロトニンが作用すると
前向きな気持ちを保ち幸せを実感し 健康ですごせますが

不足すると 怒りやすく 
時間が経過してもそれを抑えられなくなりキレやすくなります


serotonin0


このセロトニンの作用は
気持ちよくさせるドーパミン と 不快にさせるノルアドレナリンの
バランスを保つことにより行われているようです


serotonin1


体内に存在するセロトニンのうち

脳に存在しているのはわずか1~2%程度で

残りの約90%は
腸粘膜に存在するクロム親和性細胞(EC細胞)で作られています

消化管EC細胞からセロトニン産生は
食事などの物理的刺激 短鎖脂肪酸・コレラ毒素などの化学的刺激で
アミノ酸のトリプトファンを原料に生合成されます


serotonin2

脳では 神経伝達物質として機能し
睡眠 記憶 不安 統合失調症などに関与し

血小板では 毛細血管を収縮させ止血機構に関与します

腸では 平滑筋の収縮や消化管機能を調節し
多くの場合 セロトニンがセロトニン受容体と結合すると
腸のぜん動運動が異常をきたし 下痢や腹部症状が起こります


過敏性腸症候群でのセロトニンの異常に関しては

*EC細胞が増加している
*下痢型患者さんで 食後血中セロトニンが上昇している

*下痢型にセロトニン受容体(5-HT3R)拮抗薬を投与すると
 情動関連部位の活性亢進が低下し大腸運動が低下する
*便秘型にセロトニン受容体(5-HT4R)刺激薬を投与すると
 大腸運動が惹起される

*セロトニン再取り込み阻害作用のある抗うつ薬を投与すると
 前帯状回の過活動が抑制され 臨床症状が改善する

*セロトニンから合成されるメラトニンは 腹痛を改善する

といった報告があります

serotonin3

このように
セロトニンは過敏性腸症候群の症状発現に直接的に関与するので

その受容体刺激薬や拮抗薬が 実際の治療薬として用いられています


serotonin4



また 食事内容の消化管への機械的・化学的刺激により
消化管で産生・放出される消化管ホルモン

なかでも胃で産生されるグレリン
視床下部の食欲関連中枢などに作用して
脳腸相関に関わると考えられています



しかし
機能性胃腸障害の脳での病態形成に 直接的に関与する物質は

未だ同定されていません

これが同定されれば 単に消化管症状を和らげるだけでなく
脳腸相関の乱れを根本から治す治療薬の開発が期待できますが
なかなか難しいのが現状です


たとえば

食欲を制御する消化管ホルモンはいくつか同定されていますが

appetite

それらの脳内での働きは 食欲制御だけでなく多岐にわたり
また他の神経伝達物質と複雑に相互作用しているので

食欲を促進する物質の働きを 薬により強めたり弱めたりすると

目的とする効果以外のさまざまな作用が
副作用として出てきてしまうリスクが大きいのです


脳内で働く物質をターゲットとした治療薬の開発が難しいのは
そうした理由に寄るところが大きいのです

機能性胃腸障害の脳腸相関を根本的に改善する治療法の開発には
まだ時間がかかりそうです



2016.09.27更新

機能性ディスペプシア過敏性腸症候群といった
機能性胃腸障害では
胃腸の運動障害による膨満感 不快感などの症状がつらいのですが

前回ご紹介したように

胃腸の異常な知覚は 脳に伝えられて 脳で認識されます

お腹の痛さは お腹で感じているような気もしますが
厳密には それはある種の錯覚で

痛みや知覚異常を感じるのは 現場の胃腸でなく 脳です



また 機能性胃腸障害の病態には
消化管の知覚過敏が関与すると説明しましたが

上述したように 知覚を感じるのは脳ですから
知覚過敏は 脳の異常によって起こってくると考えられます


さらに機能性胃腸障害はストレスなどの社会心理的要因が深く関わりますが

ストレスを感じるのも 胃腸でなく 脳です


脳がストレスを感じると
ストレスにより生体のホメオスタシスが乱れないように

*視床下部-下垂体-副腎系によるホルモン反応
*自律神経反応

を起こして それが全身諸臓器に影響を及ぼします

ストレスが関与して発病する機能性胃腸障害の消化管の運動異常は
この脳によるストレス反応により引き起こされるのです


ncs20



こうした 脳と腸の相互影響を 脳腸相関 と呼びます


今年改訂された機能性胃腸障害の診断基準(ROMA Ⅳ)では

機能性胃腸障害は

*消化管だけの異常により起こるのではなく
*脳腸相関により起こる病気で

消化管の異常だけで起こる病気は機能性胃腸障害ではない と記され

機能性胃腸障害の病態における脳腸相関の重要性
これまで以上に強く指摘されました


ncs21



病気がない生理的な状態でも 脳腸相関は働いています

脳と腸管は 情報を伝え合い 相互に影響を及ぼし合っていて

相互間の情報伝達は
ホルモン サイトカイン 自律神経 知覚神経などにより行われ
ストレス応答と深く関与しています


@胃腸から脳へ

胃や腸管が伸展したときの知覚は 脳に伝わりますし

食物の摂取により消化管ホルモンが分泌され
それが脳に伝わり 食欲が制御されます

また 胃腸で感染や炎症が起こると その刺激が脳に伝わります


@脳から胃腸へ

脳では 消化管から伝達された情報により変化が起こり
腹痛・腹部不快感 抑うつや不安などの情動変化が引き起こされます

一方 脳にストレスが加わることでも そのような情動変化は引き起こされ
さらに上述したストレス反応により 消化管運動の変化が誘導されます

機能性胃腸障害ではない方でも
ストレスが加わると 胃が痛くなったり お腹の調子が悪くなるのは
こうした理由によるものです

ncs22


ところが機能性胃腸障害の患者さんは 健康な人に比べると
脳腸相関が乱れやすく そのためにつらい症状が出てきてしまいます

根底には 脳における消化管知覚に対する過敏性があると考えられます

知覚過敏があるから 健康な人では何も感じない程度の消化管の動きでも
不快に感じてしまいます

また 健康な人に比べて ストレスが加わったときに
ストレス応答を支配する扁桃体 前帯状回 島などの部位が
過剰に活動することも明らかにされています

ですから 同程度のストレスでも
機能性胃腸障害の患者さんは消化管症状が出やすい



機能性胃腸障害の患者さんが うつや不安障害になりやすいことも
脳腸相関の乱れで説明することができます

というのも 

機能性胃腸障害の患者さんでは健康な人に比べて

腸管の伸展で生じる
脳の視床 島皮質 前頭前野 扁桃核 前帯状回といった
情動行動に関与する領域の賦活化が亢進していますが

うつや不安障害で悩む患者さんでも 脳の同じ部位の賦活化がみられます


つまり 機能性胃腸障害の患者さんと うつや不安障害の患者さん
脳の同じ部位に過剰な賦活化が認められるわけで
それが故に両者の関連性が強いと考えられています


ncs25



また機能性胃腸障害の患者さんは健康な人に比べると
自律神経の交感神経の働きが強く 副交感神経の働きは弱いようです

この状態は 自律神経失調症の状態と類似しています

この自律神経のバランスの乱れ
機能性胃腸障害の患者さんがストレスに弱く
消化管症状が出やすい原因のひとつと考えられます

ncs24


このように 脳腸相関に乱れがあるために

*機能性胃腸障害の患者さんは つらい消化管症状を自覚され
*それがストレスにより増悪することが多く
*うつや不安障害も合併しやすい

まさに 機能性胃腸障害は胃腸の病気ではなく
もしかしたら 脳の方に病態の中心がある病気ではないか?


だとすると
現在の機能性胃腸障害の治療は
消化管の症状を和らげる治療が中心だけれど

脳の方に働きかける治療が有効な可能性もある?

そのあたりを 次回に説明します



2016.09.15更新

機能性ディスペプシア過敏性腸症候群の解説で

これらの機能性胃腸障害は 胃腸だけに問題があるのではなく 
脳にも問題があることを説明しました


正確に言うと 脳と腸との相互作用に問題があります

この脳と腸との相互作用のことを 脳腸相関 と呼びます


ncs1


最近は乳酸菌製剤などのコマーシャルでも
脳腸相関が話題になっているので
聞き覚えがある方もおられることでしょう


さて いよいよ
機能性胃腸障害の病態の本質ともいえる 脳腸相関の説明をしますが


その前に どうして脳と腸が関係するの?

という素朴な疑問をお持ちの方が多いと思いますので
脳と腸の意外な間柄について まず解説します


「腸は第2の脳である」 

といったフレーズは
最近 色々なところで見聞きします

特に 腸内細菌叢への関心が高まってきたことから
腸の意外な働きに注目が集まっており
そうしたコンテクストでも「腸は第2の脳」とクローズアップされています


しかし 腸は第2の脳 というより
実は 脳の祖先は腸であるという方が 的を得ています

というのも ヒトの体の進化・発生の過程からみると
腸はあらゆる臓器の原型からです


受精卵からヒトの体が出来てくる発生の過程では

まず消化管の原基(原腸)ができて そこから

*消化管 肺などができる 内胚葉
*筋肉 骨 血管などができる 中胚葉
*神経 皮膚などができる 外胚葉

が分かれてきます

ncs2

ncs3


そして 消化管の周りにできた神経系が
脳をはじめとする全身の神経系の基本形となります


ncs4


ですから 腸には
脳に存在して機能しているのと同じ神経伝達物質が 数多く存在します

*記憶や学習に関係するアセチルコリン
*ストレスに関係するアドレナリンノルアドレナリン
*不安やうつに関係するセロトニン

などです

これらは進化的に見て
もともと腸にあったものが 脳に持ち込まれたと考えられています


さらに 腸管では 消化管ホルモンと呼ばれる
胃腸で産生されて消化管の運動を制御する物質が存在し


GIhormon


これらのなかには
胃で産生されるグレリンのように 脳に影響するものもあります

また 腸管には
脳に存在する神経伝達に関わるニューロンと同じものが
2千万以上も存在していて

上述の神経伝達物質の働きにより
脳と協調または独立して 腸管の運動や分泌を制御しています


ncs8



このように 腸管では

*ホルモンやセロトニンなどの神経伝達物質が産生され
*ニューロンが多数存在していて

脳との類似性が強いため

脳は中枢神経系(CNS)と呼ばれるのに対し
腸管は腸管神経系(ENS)と呼ばれ

腸は第2の脳である と言われているのです


ncs7


そして 脳と腸管は 互いに影響を及ぼし合っています

*脳で感じたストレスは 消化管の運動に影響を及ぼし
*消化管で生じた異常は 脳に伝えられストレスや不安のもとになる


脳と腸の意外な関係を イメージしていただくことができたでしょうか?

次回は 脳腸相関についてさらに詳しく解説します



 

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