CRISPR/Cas9を用いたゲノム編集について
もう少し詳しく解説します

<CRISPR/Cas9の作用機序>

繰り返しになりますが このシステムは
CRISPRとCas9という
ふたつの役者の働きにより稼働します

@CRISPR

ヒトU6ポリメラーゼIIIプロモーターで発現された
ガイドRNA(gRNA)で

編集の標的とするDNA配列に
相補的なRNAを作製することにより
目的とするDNAに結合できるように
gRNAを設計します

@Cas9ヌクレアーゼ(DNA切断酵素)

目的とするDNAを切断するハサミ役です

CRISPR/Cas9の構成要素の説明図

このふたつを
共発現させた運び屋(プラスミドDNA)を
細胞や受精卵に導入して
特定の標的DNA配列を切断するのです

切断されたDNAは働かなくなり
特定の遺伝子のノックアウトが
簡単にできます

また 切断した場所に
別の遺伝子を入れることもできます

導入したいDNAを加えておけば
切断の修復過程で
その遺伝子DNAが取り込まれて
つながるのです

つまり 切る 壊すだけでなく 
編集ができるのが
このシステムの大きな特徴です

ゲノム編集の説明図

CRISPR/Cas9が作用したDNAは
切断された部位の修復を繰り返すうちに
修復ミスが生じて数塩基の変化が生じてきます

するとCRISPERは
標的DNAの認識ができなくなり
切断が終了します

動物の種類 細胞の種類により
用いられるCRISPR/Cas9が異なります

細胞に入りやすく 
細胞内で働きやすくするための
プラスミドの改変等により
日々 新たなバージョンのCRISPR/Cas9が
作製されています

最近では 
Cas9とは異なる
より小型で細胞内に導入しやすいDNA切断酵素も
開発されています

実際の実験作業は 
誰にでも出来るほど簡単で

*目的にあったCRISPR/Cas9プラスミドを
 オンラインで購入し

*狙うDNAに相補的なガイドRNAを合成し

*それをプラスミドに組込んで
 細胞に振りかけ48~72時間培養する

こうした工程だけで 
目的とするゲノム編集が簡単にできます


<オフターゲット作用>

CRISPR/Cas9の代表的なリスクが 
オフターゲット作用です

CRISPRが認識する標的DNA配列は 
On-target と呼ばれますが
(図で Perfect target と示されている部位)

同じ塩基配列を有するDNA部位は
遺伝子の他の部位にも存在し得ます
(図で ? で示されている部位)

オフターゲット部位の説明図

こうしたDNA部位は 
Off-target と呼ばれ

染色体のさまざまな部位に存在している
可能性があります
(下図の赤で示された部分)

染色体のさまざまな部位に存在するオフターゲット部位を示す図

こうした標的DNAとは
異なる部位に存在している
Off-target DNAをも切断してしまう現象が
オフターゲット作用です

オフターゲット作用を避けるには
標的DNAのなかで
他に同じ配列がないユニークな配列を狙って
CRISPRの相補RNAを
設計する必要があります

オフターゲット効果を避けるための方法を示した図

しかし 
それでも従来の方法に比べ
はるかに効率よく
狙った遺伝子だけをピンポイントで変えるため
多くの研究者は
より安全性が高いと考えています


<ゲノム編集が行われる場面>

CRISPR/Cas9を用いたゲノム編集は
実際にどのような目的で 
どのような分野で
行われるのでしょう?

@農水畜産物の品種改良

農作物では

*病原菌に耐性のあるイネ

*芽の毒性を低くしたジャガイモ

*腐りにくいトマト

といった
効率的に品種改良を行った作物の作製が
試みられています

ゲノム編集を用いた農産物の品種改良の解説図

また畜産物では

*筋肉量が増えた肉牛

ゲノム編集でできた筋肉量が増えた肉牛

*身が大きくなった鯛

ゲノム編集でできた身が大きくなった鯛

などが 実際に作製されています

いずれも
筋肉の過度の成長を抑えるタンパク質である
ミオスタチンの遺伝子を
ゲノム編集で切断することで
筋肉の量が増えます

ゲノム編集でミオスタチンの遺伝子を切断する機序の解説図

筋肉の細胞数が増えたり
細胞ひとつひとつの大きさが
大きくなりますが
せいぜい2倍程度でとどまることが多いようです

それ以外にも

*飼育しやすいように
 角をなくしたウシ

*ゲップをしない牛 
 炭酸ガスによる環境汚染が抑制できる

*熱病に強い豚

などの作製も試みられています


将来的には

*筋肉量だけでなく 
 味や栄養面での改良

*不飽和脂肪酸の含有量がより多い魚
 ビタミンをたくさん含んだ魚

*おとなしいマグロ

なども 作製の対象にされています

但し
こうしたゲノム編集で品種改良した農水畜産物の 
安全性の検証は
これからの課題です


@ヒトでの遺伝子治療や再生医療への応用

ひとつの遺伝子の異常で発症する遺伝病は
ゲノム編集により
病気の原因となる遺伝子を破壊することで
効率よく発症予防できると考えられます

ゲノム編集により病気の原因となる遺伝子を破壊することで治療するイメージ

また HIV(エイズ)やがん治療への応用も
試みられています

HIV感染症では
エイズウイルスの受容体である
CCR5遺伝子の切断により
体内でのHIVの感染増殖を抑制する治療が
試みられています

ゲノム編集によるHIV感染症の治療の機序の説明図

がん治療では
発がんメカニズムの解析や
がん免疫療法への応用が期待されています

また ゲ
ノム編集とiPS細胞の組合せによる
難病の治療も試みられています

パーキンソン病 筋ジストロフィーな
どの難病患者の
体細胞(皮膚など)からiPS細胞を作り
細胞レベルで病気を再現させ

その細胞にゲノム編集を行い
原因遺伝子を修復するという試みです

iPS細胞へのゲノム編集を用いたパーキンソン病 筋ジストロフィーの治療の説明図

ヒトの体にCRISPR/Cas9を投与する場合は

*注射によりCRISPR/Cas9を組織内に入れる

*定期的に注射を繰り返す

といった手順が想定されています

このように
CRISPR/Cas9用いたゲノム編集の難病治療への応用が
大いに期待されています

 

高橋医院