機能性胃腸障害の病態に
脳腸相関が深く関与していることを
説明しましたが

脳と腸管の間で行われる情報伝達は
ホルモンやタンパク質により
担われます


では どのようなホルモンやタンパク質が
働いているのでしょう?

代表的な因子について説明します


<副腎皮質刺激ホルモン放出因子:CRF>

脳と腸の両方に豊富に存在する因子で
うつや不安障害とも関連します

ストレスを感じたり 
消化管刺激により
視床下部の室傍核から分泌され

CRFの刺激で
下垂体からACTHが放出され
副腎皮質から糖質コルチコイドを分泌させて
全身のストレス応答が働きます

また 
自律神経の交感神経系にも働きかけて
副腎髄質から
アドレナリン ノルアドレナリンを分泌させて
全身のストレス応答を作動させます

ストレスにより放出されるCRFがストレス反応を作動させる図

CRFは
消化管には CRF-R1 R2の
2種類の受容体を介して作用し

*CRF-R1に作用すると
 大腸の蠕動運動が亢進 内臓知覚過敏 炎症が増悪し

*CRF-R2に作用すると
 胃排出運動が低下します

CRF1 CRF2による作用をまとめた図

通常は 
CRF-R2シグナルは
CRF-R1シグナルに拮抗するように働きますが

過敏性腸症候群では
CRF-R1シグナルとCRF-R2シグナルの
バランスが崩れていて
CRF-R1を介した作用が優位になり
お腹の症状が出ると考えられます

このストレス誘発性の大腸運動亢進は
CRF-R1拮抗薬で抑制されます

また CRF-R1シグナルは
後述する 
さまざまな消化管症状に関わるセロトニン
腸のクロム親和性細胞から
遊離させる働きもあります

一方 
CRFと逆の作用を示すのが
幸せホルモンと呼ばれて
なにかと話題のオキシトシン
過敏性腸症候群の内臓知覚過敏を緩和します

<セロトニン・5-HT>

セロトニンは
脳で幸せを感じさせる「幸せ物質」

脳内でセロトニンが作用すると
前向きな気持ちを保ち幸せを実感し
健康ですごせますが

不足すると
怒りやすくなり
時間が経過してもそれを抑えられなくなり
キレやすくなります

セロトニンが気持ちの安定を示す図


このセロトニンの作用は
気持ちよくさせるドーパミンと
不快にさせるノルアドレナリンの
バランスを保つことにより
行われているようです

セロトニンがドーパミンと ノルアドレナリンのバランスをとっていることを示す図

体内に存在するセロトニンのうち
脳に存在しているのは
わずか1~2%程度で

残りの約90%は
腸粘膜に存在するクロム親和性細胞(EC細胞)で
作られています

消化管EC細胞からセロトニン産生は
食事などの物理的刺激
短鎖脂肪酸・コレラ毒素などの化学的刺激で
アミノ酸のトリプトファンを原料に
生合成されます

腸内細菌叢がセロトニンの95%を産生していることを示す図

脳では 
神経伝達物質として機能し
睡眠 記憶 不安 統合失調症などに関与し

血小板では 
毛細血管を収縮させ止血機構に関与します

腸では 
平滑筋の収縮や消化管機能を調節し
多くの場合 セロトニンがセロトニン受容体と結合すると
腸のぜん動運動が異常をきたし
下痢や腹部症状が起こります

過敏性腸症候群での
セロトニンの異常に関しては

*EC細胞が増加している

*下痢型患者さんで
 食後血中セロトニンが上昇している

*下痢型に
 セロトニン受容体(5-HT3R)拮抗薬を投与すると
 情動関連部位の活性亢進が低下し
 大腸運動が低下する

*便秘型に
 セロトニン受容体(5-HT4R)刺激薬を投与すると
 大腸運動が惹起される

*セロトニン再取り込み阻害作用のある
 抗うつ薬を投与すると
 前帯状回の過活動が抑制され 
 臨床症状が改善する

*セロトニンから合成されるメラトニンは 
 腹痛を改善する

といった報告があります

セロトニンが 過敏性腸症候群の症状発現に直接的に関与することを説明する図

このようにセロトニンは
過敏性腸症候群の症状発現に
直接的に関与するので

その受容体刺激薬や拮抗薬が
実際の治療薬として用いられています


セロトニン受容体刺激薬 拮抗薬の作用機序を示した図


<消化管ホルモン>

食事内容の消化管への機械的・化学的刺激により
消化管で産生・放出される消化管ホルモン

なかでも胃で産生されるグレリン
視床下部の食欲関連中枢などに作用して
脳腸相関に関わると考えられています

しかし
機能性胃腸障害の脳での
病態形成に直接的に関与する物質は
未だ同定されていません

これが同定されれば
単に消化管症状を和らげるだけでなく
脳腸相関の乱れを根本から治す
治療薬の開発が期待できますが
なかなか難しいのが現状です

たとえば

食欲を制御する消化管ホルモンは
いくつか同定されていますが

消化管ホルモンによる食欲制御の説明図

それらの脳内での働きは
食欲制御だけでなく多岐にわたり

他の神経伝達物質と
複雑に相互作用しているので

食欲を促進する物質の働きを
薬により強めたり弱めたりすると
目的とする効果以外のさまざまな作用が
副作用として出てきてしまうリスクが
大きいのです

脳内で働く物質をターゲットとした治療薬の
開発が難しいのは
そうした理由に寄るところが大きいのです

機能性胃腸障害の脳腸相関を
根本的に改善する治療法の開発には
まだ時間がかかりそうです
高橋医院